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    第18章 父の戦争(1945年11~12月)

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    1944年夏まで日本の枢軸国側は優勢を保ち、広大な領地を占領した。しかし、6月のミッドウェー海戦で致命的な打撃を、8月のガダルカナルの戦では、日本は南方での制空権をアメリカに奪われた。食糧・人員・燃料補給に高速大量の新型輸送艦が必要となり、44年から終戦間際にかけて21隻中16隻が呉海軍工廠で建造された(「特々」として日記にも登場)。

    崇徳中学からは、4243年は、陸軍の糧抹廠、被服廠、兵器廠へと動員され、44年に呉海軍工廠に動員された。呉線阿賀駅南のバラック建ての寮に全員が入り、造船部に配置されて、S五十六型潜水艦の船首・魚雷発射管部分の建造にあたった(『想い出』大東和昭義 白鳥社)。父は非力であったが、地下足袋に作業服で油まみれになりながら、溶接や、鉄運び、夜勤での力仕事・立仕事、時には繋船堀のレールの敷設作業や、広航空隊の空襲のおりには、まだ死人を発掘中の中での建物疎開作業に携わった。

     
    父は、この章と後年の日記でふりかえっている。当時自宅から暖かい弁当を携えて通勤してくる自宅生がどんなに羨ましかったか。月二回の休みには、浪人時代を含めての工廠での過酷な日々の安息を求め帰省した。その帰省も命がけであった。家に帰っても、苦悩のやりばなく、親不孝とは知りつつ家の中の空気を暗くした。終戦間際には、せっかく合格した「上級学校のことは考えるな」という文部省の方針が発表された。毎日めまいをおぼえながらドックを上がり下りし、変わらぬ態度で業務に取り組んだのも、いっさいの理論を排し、自己感情にたてこもったのも、血のにじむような思いで毎日の労働に耐え抜く事だけが、上級学校へ進める手段であったからなのである。遂に「戦車兵」に兵科が決まったとの通知がくる。しかし、国の指導者たちが、ただ国民の命を救うために、貴重な情報を生かさず、相互不信を打ち破れず、何の講和の手だても打たないまま時間を空費したがゆえに、最大限の被害をもたらして戦争は終る(第15章 「指導者の熱」参照)。

     局面、局面を見るにつけ、この戦争が間違った、愚かな戦争であったと言わざるを得ない。戦後の日本の復興はめざましかった。1951年には、サンフランシスコ講和会議で、日本は独立を承認される。アメリカ軍の駐留を認めるという日米安保条約を同時に結んでのことである。日米地位協定は安保の第六条に基づいて、色々な在日米軍の特権を認めている。また、サンフランシスコ講和会議には、アジアの国々も社会主義の国々も招かれてはいなかった。

    普天間基地移設問題も、この時の安保に端を発している。沖縄県一県が、抗える問題ではないし、国としての問題なのだと改めて感じる。日本が独立を回復するためには、他の国々と同じように、もっと悩み、のたうってもよかったのではないだろうか?安保闘争なども、そのような気運の中で闘われたのではなかろうか。(2014112) 

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    十一月一日()曇 起床五時四十分

     

    夕二時におき皆を起して又ねる。気持の良い事。朝のねむい事も並以上。今朝の神社参拝は無し。数学と英語はユーウツ。数学一題はスコンク。残念無念。英語の如きは支離滅裂、悲惨だ。教室の掃除をしてかえる。愈々明日一日独語。でもこいつが復難関。くるしむ事。皆同じであるらしい。夕食のパンと芋は良い。毎日豆を食う。飯盒皿の飯を食う。今夜最後だ。

    頑張るぞ。山口は冷える。もう小包が京都に着いたであろう。家ではどうであろう。

     

     

    十一月二日()晴 五時四十分

     

    最後の期待たる独逸語も当て得ざる惨敗。胸の中が立さわぐ。申訳ない。奥歯をかむ。

    芋掘り。独逸語胸につかえユーウツ。前文相岡部閣下の話あり。要するに強く正しく生きよとの話。芋掘り、夕食前に終る。ああ今日の無念さ決して忘れるな。

     

     

    十一月三日()晴 六時三十分

     

    六時半起床。でもユーウツ、昨日の独逸語故に。式は九時よりある。明治節の歌は良い。服を取りに行く。立派な服が出来た。これで一人前である。あありっぱ。午より山に飯盒炊さんに行く。飯を炊いたり、芋をにたり、山の中が一層良い。満腹。でも頭痛くて面白くねー。かえって又夕食多く満腹。夕方、風呂に行く。湯田へ。家族風呂に入る。帰り直ぐふとんの中にもぐり込む。頭痛し。点呼に出でず。

     

     

    十一月四日()晴天 

     

    今朝も少々頭が痛く、点呼に出ず。一日中寝間の中でぐずぐずしている。いい天気である。一日中ねている。山ノ内がイモを持って帰って呉れる。うれしい。ねている一日は早くたつ

     

     

    十一月五日()晴天 五時五十分

     

    くそねむ。朝早くから石中が怒鳴り込んで来る。気持の悪い奴である。足がつめたい。一時間目、独語、北村さんの顔を見るのがおそろしく小さくなっている。動物、落第点でなくて一安心。でも、独語があーあー。

    ひるより物理。日一日をやって置こう。明日の学級会の為、米と芋を荷車で運ぶ。メリケン奴ら多し。夕食後、芋の草むしり。風呂に行く。今日も遊ぶ。明日も又時間を費やす。頭が痛い上、小城より葉書来る。頭が痛い。明日の独語、気に懸る。あ~~~~~~~~~~勉強せん~~~。

     

     

    十一月六日

     

    午後の芋掘りの時間がすむと直ぐ、太陽堂に五人で行き手伝う。メリケンゾル等が我が物顔に町をのたつき廻る。気が悪い。彼等は赤鬼である。芋の蒸したのやマツタケ飯や、しるやあれこれと一流の料理が五時迄整い嬉しい。北村先生の話も聞けてうれしい。

    腹が一杯になり苦しい位。九時頃空箱をかついで帰る。

     

     

    十一月七日()晴天 五・五〇分

     

    太鼓が鳴り直ぐ起きる事が出来ん。余程の勇気を要する事也。朝より作業。月曜迄、芋掘りである。早素足で畑の中に入るのは実につめたい。午迄は校庭のを掘る。割合大きい奴がある。よく頑張り全部を十一時迄に全部すませる。蛙が寒いのにぴょんぴょん飛んで出る。気の毒なる奴等である。あまりねむいので午時間三十分位ねる。午後もよく頑張って、中庭のも全部すます。猛ファイトでやる。夜、寮の討論会をやる。

    皆、思想が実に豊富である。もうこちらは一言も出ん。勉強だ勉強だ。実に皆は偉い。もう班長等止めた方が余程良い。皆が色々よい意見を吐くけれど、何かわりきれぬものがある。夜の点呼は八時。それより床に入り消灯迄あれやこれしゃべる。も少し考え、本をよまなければ駄目である

     

     

    十一月八日()晴天 五・五〇分

     

    朝冷たいけれども山林作業に行く。あの池に映れる紅葉の美、これこそ絶世のものである。絶対に美である。文句なく圧倒するものである。心も身も溶け込むものである。午前中はのこで木を切る。苦しいけれど、その倒れる時の愉快さ。十時半にはおわる。午より一時迄薪をかついで帰る。

    どうも今頃はあそんでばかり居て何等の進歩もあり得なかった。実にすまない一週間であった。夕食後、武市、山野内と北村先生の家を訪問する。家庭のさみしさ、つめたさを感じ、気の毒になる。色々立派な意見を聞き、実に有意義であった。夜も又遊んで今日を過す。京都より嬉しい手紙が来る。小包がとどいたそうな。実にうれしい。しみじみと読む。

     

     

    十一月九日()晴天 五・五〇分

     

    作業のお蔭で今朝は起床の太鼓を遂に聞かず。でも早おきは気持が良い。

    十二名は農家手伝いで行く。後、残りの者で運動場の整地作業をやる。午前、午後皆実によく頑張って呉れてうれしい。実に感謝する。午の時間、三室一同、町中の食堂に外食巻で食べに行く。かえって直ぐ幹事会に出席。次いで作業ノート、新聞等の配給、又、幹事会へ。かえって昼飯を食べたのが三時前。それより、色々配給の手配等して夕食。夕食は芋。腹一杯出来る。直ぐクラス会をやる。事に有意義だ。

    己は口が軽い。欠点である。大いにいましむべきである。今日も勉強せずである。進歩も何も無い。飯盒炊飯で皆集り飯を食う。長門峡は行くまいか。どうしようか。も少し勉強せんといけん。思索せんといけん。明日も作業。

     

     

    十一月十日(土)晴天 起床五・五〇

     

    夕、便所に起きたのでねむい、ねむい。どうしてこんなにねむいのであろう。動員の朝を思い出す。毎日だるい体をひっ下げて出て居たものであるが。昨日の朝は大霜であった。今朝も亦つめたい。

    今日は校庭の畑の整地作業。もう腰が痛い。でも午迄であるので、よかった。手紙をかき、独逸語を整理し、風呂に行きねむい。あ・・・・~~~

     

     

    十一月十一日()晴天 六時三十分

     

    もう点呼等出まいかと思う。ねむい事話にならん。ひる迄は独逸語の整理をやる。ひるより、横山、山本、山崎と四人で例の所に飯盒炊爨に行く。紅葉美しい。うまい事。つくづく味わう。腹一杯で今夜は苦しい。物凄く苦しい。ああ今日もくれたり。麦捲が最。あの景色は一幅の絵である。畜生、今度の試験は頑張るぞ。今より基礎を作って。京都と家に便を書く。要するに試験は習った事は皆知っていればよい譯である。これが秘訣である。

     

     

    十一月十二日()晴天 五時五十分

     

    夕、吉田なんかがかえりお土産物を頂き腹一杯。それに夕食はつめ込んだし。夜はおそく迄話をするし熟睡出来ず。全くよわった。お蔭で朝のねむい事。今朝は割合に暖かし。今日は、動運場の整地作業。ローラーを引張る。又、芋やパンを貰って食べる。第二回目の芋の配給有り。各部屋毎にわける。一部屋、四貫目位となる。作文を一挙にまとめ上げる。要するにこれが己の思想である。

    夕食の時、パン、芋、うんうんいうだけつめる。次いで討論会にうつる。皆実に思想が豊富である。うらやましい。どうも腹具合が悪く、頭が鈍く勉強する気になれん。点呼は多くさぼるというし。ねむいばかりである。今日も暮れてしまった。

     

     

    十一月十三日 晴後曇 起床五・五〇

     

    又腹具合悪く二度も便所におきる。ねむいねむい。今朝も大霜。もう教場の冷たい事。ひる迄猛烈に冷え込む。足がびりびり冷たい。独逸語、遂に落第点を宣告せられる。遂に駄目。

    午後、岡崎さん指揮の下、教場作り。皆いいかげんなので困る。今日も腹具合悪し。ねむいといったらもう勉強どころの話ではね―。ああ、独語遂に落第点とは畜生、畜生、くそ!!

    真に頭が悪い。数学数時間かかれど一題も解決し得ず。独逸語は落第だし。真に高校生活には向かんのではないかと思う。要するに最後のラクダイである。ユーウツ。

     

     

    十月十四日 曇 起床五・五〇

     

    又数学落第点に近し。もうユーウツ千万也。あーー~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

    芋をむしてもらって大コムパをやる。

     

     

    十一月十五日 雨 六時二十分

     

    雨の為、点呼は中。化学は自習。二時限、三時限休みで山野内の荷物をリヤカーで下宿に運ぶ。陸士・海兵、転入学の入学式あり。後、対面式あり。作文を出す。

    午後、ユーウツの数学である。部屋がえあり。六人となる。夜、部屋で芋をにて食う。その旨い事。己は頭が悪いと思う。つくづく悪いと思う。

     

     

    十一月十六日

     

    畜生、又選挙で班長か。ユーウツ。早くねる。一番早く。早く目がさめて何かかにか思っている。夕も今日も猛烈に冷え込む。冬を思わせる。朝、新寮委員長金山氏の話あり。食事当番である。今日も又ふりみふらずみである。体操は有備館で。籠球。作業は寮の裏道場の裏に水菜を植える。午後も同じ。

    ゾルの奴、カクカクした角帽子に白線を廻いている。英語とドイツ語のプリントはユーウツである。ひえる、ひえる、物凄く冷える。今日もめしをたいてもらいかんずめを食べる。まあ、よく冷えるものであるよ。己は頭が悪いぞ。

     

     

    十一月十七日()曇時々雨 六時二十分

     

    雨の為、点呼は中でやる。時雨である。降ったり止んだりである。一時間目は独語。物理はユーウツである。三時間目、英語があたる。四時限目の博物は学識試験あり。午後はもう無くて、一番愉快なのは土曜日の午後である。

    独語を調べるのに骨を折る。いくらしても一向に解らん。夜は早くよりねる。

    今日も飯盒で団子汁を作る。その美味い事、又格別である。小説を読み、早くねる。

     

     

    十一月十八日()曇時雨

     

    今朝は点呼は無く、悠々と朝飯迄ねる。気持の良い事。食事後又床に入りて英語、独語をやる。ひる迄はずーっと床にいる。外は寒い。いい気持である。実に日曜気分満点である。昼飯を食べに行くと、これ又小包が来ている。大悦。唯々頭が下るばかり。山口もイリコと飴を送って来ている。皆一所に集り食べる、食べる。湯を汲んで来て、ああうまかった、うまかった。

    それからある決議により、イリコを持って買出しといった所、二手にわかれて行く。山口、吉田と三人で行く。山の道の美しい事。あの紅葉心をすーとするたのしさ。山道を行く。ある一軒の家で遂に成功。芋四貫目確保せり。勇んで帰る。大いにいさみて。他の一向は一回目は失敗すれど二回目に於いて芋一貫と米一升獲得せり。大成功とはこれ又豪勢。これで当分の間大丈夫。家の人々に手を合す。やるぞ、己もやるぞ

    去年の動員の時を思い、身震いがする。ああ故郷を持てる者幸なるかな。

    今度の試験こそ死んでも頑張るぞ。絶対に頑張るぞ。己に出来ん事はあり得ない。絶対にあり得ないと思う。うん、絶対にあり得ないと思う。

    それには日々のつまらぬようでも日々の訓練だ。日々の勉強の態度如何である。日々がものを言うのであると思う。高校生と自惚れるだけでは駄目である。その内容を持たねば駄目である。

     

     

    十一月十九日()晴 六時二十分

     

    ゆうべ十二時迄おきて居た。おそらく自分でも十二時おきて勉強するというような事ははじめてであろう。お蔭で今日点呼の太鼓で飛びおきる。霜が降っていて真白い。つめたいけれど寒く無い。物理をもっとやらねば駄目と思う。二時間目の作業は日当りの良い東寮の所で石運び。気持が良い。独語なんか夢中の中に済んで仕舞った。

    今日見ると小包が二つ。手紙が二通来ている。なんと己は不孝であろう。あの縄を見ただけでも頭が下る。柿の美味さ、涙が出るようである。

    三時より英米軍将校の会話会に出席する。中々聞いても解らん。時々解る所がある位。でも彼等は実に快活である。四時頃終る。色々感あれど筆に出すあたわず。

    かえって手紙を書き、柿を食べるその美味き事。ああ有難い事。心の中でおがんで頂く。次いで夕食。パンの美味い事。今晩は何もかも悦。あつい湯を汲んで来て粉を食べる。ああ旨い、イリコも入れて。この粉は己もひいた事もあるんだが。何で愚図愚図して居られるか。何でぼんやりして居られるか。真に己は親不孝だ。頑張らねば駄目である。心せよ、心せよ。

    午時間は寮の外の大掃除。綺麗になって気持が良い。

    お父さん、お母さんやりますよ。頑張りますよ。なんでぐずぐずして居られるものか。その小包のアラい(?)の縄を見ただけでも目頭が熱くなる。決して期待に背くことのあってはならんぞ。自重自愛、頑張る事だ。

     

     

    十一月二十日()晴天 六時二十分

     

    ゆうべ早くねたと思ってなさけなかったけれど今朝三時におきられたので大悦であった。うれしかった。よい月夜だ。能率も上る。今朝、起床少し早し。今朝も霜で真白。でもかんと晴れて一日中よい天気。気持の好い日。寮の図書館へ本をはらい安心する。独語、数数・英数でもユーウツ。

    夕食後、各委員の選挙をやり、白米にひらきでコンパ。次いで粉を平らげる。其のうまい事又格別。京都より手紙来る。よくよんでかみしめて見る。

    これだけ考えただけでもじっとして居れんと思う。明日は小林作業。紅葉は美し。

     

     

    十一月二十一日()雨 六時二十分

     

    五時に起きて一時間ばかりやる。朝起きは気持が良い。点呼がすむと雨。今日の山行は中止で予定狂い。独語でしぼられる。頭の悪いのにつくづく感じる。よく見て居れ。北公の奴目。よくおぼえて居れ。

    今日は人文が休講でくりあげて四時限でおわり。ふとんの中に入る。修練部に行く。よい雨が降る。今日はたん生会。風呂に行く。燈がきえて困る。

     

    十一月二十二日()曇 六時二十分

     

    夜電気がつかんので映画に行く事に極める。そよかぜとかいう。己は映画は嫌である。面白くない。かえりの月の美しい事。山口と森さんの所へ行って机と荷を持ってかえる。汗が出る位。ローソクの灯して栗を食べる。

    無意味な一日。

     

     

    十一月二十三日()晴天 七時五分前

     

    今朝は食事当番で七時五分前におきる。今日は好い天気。

    例の山に出かける。その気持の好いこと。火をたき米をたき、芋を食べる。いい境涯である。満腹してかえりすぐ午。飯。独語を調べるのに夕方迄かかる。夕食は無理して食べる。

    愈々試験が近づく。しっかりやって面白い冬休みを迎えよう

     今日のもみじは美しかった。

     

     

    十一月二十四日()晴天 六時二十分

     

     夕は十二時迄夜中腹具合が悪く朝早くより目がさめている。早く目をさましているのも気持が良い。今朝も大霜である。一時限目独語。二時限目の物理はあたたかい。

     クラス総代選挙の為、三時間より講堂で校長の訓話を聞く。四時限目は選挙。漸くその役をまぬがれてほっとする。今日はいい天気である。

     直ぐ山口とノートを買いに行くが無い。本屋廻りをやっていい天気の中をかえる。

     メリケンゾルの奴所を横行闊歩している。畜生。かえってねる。

     山口のバイトにより遂に粉を食べる。直ぐ夕食。今夜は三人である。

     皆かえりよい事をしている事であろう。直ぐ試験である。今度は周到の用意の下にやるぞ。たのしい休を迎えるぞ。何くそ誰彼あるものか。

     

     

    十一月二十五日()晴天 七時三十分

     

    一時前迄おきていたし、夜腹具合悪くて二度も便所に起きるという具合で今朝の起床は七時半。うまい味噌汁を吸う。夕雨が降って居たのに今日の天気の好い事。物理の整理が進行してとてもうれしい。数学も推して行く事である。

    十時半頃、飯盒で芋を蒸して食べる。十一時半頃、食堂へ行く。外食はすでに売り切れて、代用食を三皿平らげてかえる。あの紅葉の美しい事。

    なんと悠々と歩ける事であろう。一体誰のお蔭だ。午飯がすんでノートを買いに行く。あちこち捜せども無し。今日は山口の祭ならん。人出の多い事。キレイナタマとの?ある着物を着てあつまる、あつまる。

    漸く昔の事が偲ばれる。道路のぬかるみを見た途端に正月を思い出してしょうがなかった。勉強だぞ。三時頃。遂に粉を平らげる。

    今日も家より便無し。頭が悪いと、ほって置くのが一番悪い。

    兎に角やる。この精神が必要であろう。やるからには心を一つにしてやる必要があろう。

    兎角机についていて能率が上がらん。

     

     

    十一月二十六日()曇 六時二十分

     

     吉田のパンを思う存分食べたので一晩中苦しむ。三度も便所におきるという始末。今朝の大儀な事。でも点呼のある事は気持が良い。三時間目の作業は肥汲み。物理の解らん事も又奇妙。書午?の時又パンをつめ込む。ベルが聞えず体操最中へ飛んで来る。北村さんの時間に亦しくじる。ええままよ。

     籠球の試合、B組は延長戦迄頑張れど遂に敗れる。でも力闘物凄し。A組も軽く破れたという。山本が帰って来る。又思う存分蜜柑を食べる。

     食事の後、点呼の是非につき暗くなる迄議論あり。

     家よりと京都よりと同時に手紙が来る。その度に身のきられる程の辛さを思う

    頭の悪い事一等である 今日は早くねる。

     

     

    十一月二十七日()晴 六時二十分

     

     五時より六時前迄おきて又ねる。体のだるい事。一時限目の独語は休講で大悦。陽に当り大いに話をする。数学も三時間。頭が悪いのに頭が痛い。

     國斈ありておわり。山本の芋を食べつつ夕食迄過す。夕食後、一室で六時半迄はなす。

     治子より菊の香を入れて手紙が来る。訓導になりうれしい事であろう。治子の為にも頑張ってやらねばならないと思う。ノチヂェスチュアーをしつつ豆を食う。これも悪くない。今夜よりやろう。

     

     

    十一月二十八日()晴天 六時二十分 十二・〇

     

     今朝は最後の点呼である。中々おきにくい。二時限目の独語は休講で有備館でバレー、籠球をやり面白い所をやる。三時限は人文であるが四時限目又休講。悦悦。直ぐ一室一同、山ノ内と都食堂へ。三皿食う。山ノ内と武市の下宿へ行く。二時にかえり飯を食べる。それからひるね、夕食。

     頑張れ、頑張れといっても結局心だけであるから駄目である。

     メリケンゾルのさばる。又、人々の間の違った空気に接して頭が痛む

     要するに己の頭が悪いのだ。悪いものは悪いながらに頑張るべきである。家の人、兄ちゃんの事を思えである。小さい事は問題ではない。

     

     

    十一月二十九日()晴後曇

     

     山林作業。昨夜二度も便所におきる。ものすごく今日は大儀さを感じて山々に行く。今日のくるしい事よ。かまで整理作業。一時にはもうかえる。それより食費を出しに行き、さむいのにノートを買いに行き、原稿用紙を買ってかえる。すると物凄い熱、頭がうなる。三十九度、皆ひやしてくれる。氷ノウを持って来てくれる。すまなかった。

     雑煮をにてくう。八時頃が一番くるしかった。ああ一日棒に振る。

     

     

    十一月三十日()曇 一・〇〇

     

     ああくるしかった。でも今朝はすっかり熱も引き非常にうれしい。ベルと同時にとびおきる。

    二時間目の体操は大いにプレイグラウンドであばれる。それでも大丈夫。化学は解らん。四時限目の作業は中止。直ぐ外食に行く。代用食を二皿たいらげてかえる。

    今日は火鉢が出る。早速灰を入れはんごうすいさん。いもと粉と、その美味なる事。いももやいて食う。冬休み試験の発表あり。頑張るぞ。急にさむくなった。

     家と京都に手紙を書く。

     

     

    十二月一日()曇 七・〇〇

     

     夕は一時迄頑張り相当出来てうれしかった。故に朝眠い。七時に起きる。夕大風が吹いて居た。果して今朝の寒い事。大霜。朝の点呼が無いので非常に楽である。飯の後、火をたいてあたると直ぐベルが鳴る。しょぼしょぼと出て行く。

     十二月になったせいか急に冬らしい。己等の部屋は寒いよ。家と京都に葉書を出す。英語五十点満点の中三十点を貰う。なめるな、なめるな。

     色々教えられる所が多分にあると思う。今度こそ頑張らんと三学期がうかばれんぞ。英語の答案を返して貰ってつくづく感じる。も少し真剣であれ。四時限目は休講。かえって火をたきあたる。イモと粉をぶちこんで料理。今日は四人だ。そのたのしい事。美味い事。思う存分三時半迄あそぶ

     愉快ならずや。後三週間すれば帰省が出来る。今日も如何なる事ありとも十二時迄はおきているぞ。本当に頑張らねばかえれんわい。

     

     

    十二月二日()曇 十二・〇

     

     何という事無しに過す。山にたきぎを拾いに行き、しいの実を拾ってかえる。いって食べる。火にあたっていればよい気持。はんごうすいさんしてたのしい。

     

     

    十二月三日()

     

     霜で真白。今朝が一番凄い霜の朝。物凄く足が冷たい。四時限目がすんで講堂に集り、生徒大会あり。休みの件、遂に試験も来年になるらしい。休みは数日後となる。悦。たき火をたき、のんびりあたる。おそく迄討論をやる。のんきになった。

     

     

    十二月四日()雨後曇

     

     今日は数学連続三時間。少々のびる。四時限目講堂で発表あり。少々約束がちがうようである。然し、悦。試験は一月二十五日よりとなる。要するに遠くのものはかえるという事になる。かえるぞ。兎に角かえるぞ。七日の晩か或は八日の朝にかえるぞ。

     はんごうすいさんをやり、小説を読む。

     

     

    十二月五日()曇時々雨 

     

     朝掃除で少し早くおきる。四時間目、日備堂の前で校長のはなしあり。今日もひる迄。ひるよりたきぎひろい。しいの実を多くひろって来る。めしをたいたり、いもを食べたりする。下宿の者は今日かえる。

     

     

    十二月六日()晴天

     

     今日は朝より作業。午前中二回木を運ぶ。この寒いのに汗が出る位である。午後は県庁の裏の山でまきはこび つらかった。

     いもを皆で食べる。移動証明書を貰う。

     すきやき会あり。ああうまかった。夜北さんが来ておそく迄はなす。

     愈々明日はかえれると思うと荷物移す班?を行う。色々面白くない事があるので困る。

     

     

    十二月七日()雨後曇

     

     朝早くより目がさめる。五時にはおきて真暗の中を一人切符を買いに行く。米国の歩哨が大火をたいて居る。暢気なものである。

     行くとすぐ十時の指定巻を貰い直ぐ切符を求めて暗い道をかえる。かえって又一時間ばかりねる。ベルが鳴る迄。大火をたいてあたる。

     今日の作業は雨が降りそうである。果して山道にかかると本降り近い天気になる。どんどん上る。登るとすぐ擔いで下る。今日は一度ですむ。又今度は下の山に行く。此の頃本降りになる。かえると直ぐ選挙をして堀江と大急ぎ支度をして雨の中を飛び出る。十時十分頃である。人の多い事。丁度間に合う。

     小郡に着いて見るとすでに列車はついている。やれやれと飛んで行く。一番前にのると○空席あり。運好し。相当待ったが発車した。もうこれでかえるばかり。暢気なものである。色々景色は変る。少しおくれて四時十分の芸備線にのりおくれる。堀江と二人少し駅の前を歩いて見る。胸を衝くものあり。悲惨を想う。五時過ぎの汽車にのるべく出る。崇中の福岡に出会う。黒い顔をして大人らしくなっているのでさっぱりわからん。

     電気のつかん椅子の無い汽車でかえる。そのもどかしい事。丸山で一寸まごつく。丁度お父さん今朝京都より帰られた所。ユタンポでねる。

     

     

    十二月八日()

     

     今日はおそくおきる。朝の中に役場に転出照明を出しに、又速達も出しに、農会へかかりものを出しに行く。功さんと一諸に戻る。愈々これで落着く。

     

     

    十二月九日()

     

     朝切符を貰いに行く。ぼやぼやしていて皆番をとられて仕舞う。出広は断念して帰る。丹ちゃんと向原より一諸にかえる。

     

     

    十二月十日()時雨

     

     九時頃より大町のダイゴエを負う。時雨がする。午よりニ三荷行くとすむ。これで一安心。平凡なる日。

     

     

    十二月十一日()風強し

     

     今日は木負いに極める。物凄く冷たい 山田に行って火をたく。雪が散らつき山が白い。己には初雪である。芋を蒸す。

     

     

    十二月十二日()

     

     平凡の日。

     

     

    十二月十三日(木)大霜

     

     朝一番におきて御飯を食べ真暗の中を出る。駅に行くとすでに四十六番目という。九時の一番だ。然し、一人抜けて漸く四十五番の最後になる。物凄く冷たい。火にあたりつつ待つ。一番に乗る。外は大霜である。行くと新聞を直ぐ買い、切符に並ぶ。長く便所の所に並ぶ位。あわれにもたき火の所にたおれている者が居る。若者は多し。色々の人々が色々の服装で通る。中々切符が買えそうも無い。今日は駄目と思われる。然し、九時過ぎにある青年より切符をゆずり受ける。大悦の大悦。直ぐ出かける。白島より三篠橋崇徳に行く。

     赤門はぶちくだけ金庫があるのみ。崇徳中学校の表札もわびし。川の端(ここで幾人かの生命が失われたであろう)で弁当。沖田も宮本も三谷も木原も総て無し。綱島の跡、植木鉢と無花果の木のみ、あわれ也。唯茫然。平島も無し。奥さんの姿が目に浮ぶ。

     B29が超低空を舞う。畜生。光道学校に崇中の校長を訪う。実にあわれの現在也。色々教訓を頂く。藤井先生より栗栖先生の最後等・・聞く。十二時辞す。電車で宇品行きにのる。双胴戦闘機がにくくも飛ぶ。終点迄行き、直ぐひきかえす。

     専売局で下り比治山通りを駅迄あるく。途中、下村に会う。駅迄一緒に話をしつつ行く。二時半の汽車にのる。居睡をすることしばし。

     女学生が勉強してあるを見て、急に教員になりたくなる。

     これで一安心する。

     

     

    十二月十四日()寒い日

     

     今日は夕方大町の砂出しに行く。非常に寒し。雨が降るので早くかえる。治子のかえりがおそい。

     

     

    十二月十五日() 

     

     炬燵に居ると父ちゃん(兄ちゃんのまちがい)不意に帰省。飛んで出る。これで皆が落着く。話をしているとすぐ夕方になる。今日よりにぎやか

     

     

    十二月十六日()

     

     今日は治子は休み。朝、兄ちゃんと駄屋の屋敷の柿ふるい。美味い事。午より大町の土出しに行く。ひる迄やる、又午後行く。

     

     

    十二月十七日()

     

     今日は朝よりうすひき。持ってかえるべき粉は充分ひくし、安心する。きなこも

     天ぷらをして食べる。

     

    十二月十八日()

     

     今朝は大雪、一面の銀世界。美しいかな。一日中雪がふる。

     

     

    十二月十九日()

     

     昨夜ものすごく寒さを感じる。お蔭で今日は風邪の為はな()をすんすんさす。

     ひるよりねる。頭が物凄くくしゃくしゃする。お父さん向原に行かれる。

     頭がつまったようである。

     

     

    十二月二十日()

     

     今朝もおそくおきる。昨日の風邪は今朝は少々あれど幾分気持が良いと思う。兄ちゃんは向原、治子は市川校へ講習に行く。今日はいい天気で雪解けがする。

     ひる迄芋を焼いて食べてばかり居る。ひるより炬燵でひるね。

     上田の敏ちゃんのしゅうげんがあったそうな。夕方はもうすっかり頭も良い。

     夕食後炬燵に入り、十時迄しゃべり今ここに日記の整理をする。

     愈々明日より突進するぞ。勉強するぞ。何で愚図して居られると思う。十一時。

     

     

    十二月二十一日(金)

     

     平凡なる日。治子、父兄会ありという。午後姉さん、長田の組合にわしらの配給米を貰いに行く。通帳は朝兄ちゃん、役場に行って貰う。

     お母さんはひる迄向原の酒屋に酒の配給を負いに行かれる。姉さん、藷を多く持って戻って呉れる。大悦。直ぐ蒸す。風呂の前の庭が水で悪いので、上より赤土を負うて来て直す。夕方雨が降る。

     

     

    十二月二十二日()

     

     午前中一時間あまり大町の出よせに兄ちゃんと行く。順子や敦子が来てあぞぶ。人通り多し。午飯がすんでも直ぐ行く。今度は土を負い出す。お母さんも来られる。順子、敦子、貢君も来てあそぶ。一山程してかえる。河原いでの所で節子さんと政治さんが遊んでいるので、そこで相当時間あそぶ。今朝、お父さんの腹がにがりかけ、注射するやら大さわぎ。堀江より葉書来る。

     

     

    十二月二十三日()

     

     平凡なる日。

     

     

    十二月二十四日()雨後曇

     

     午前中に雨が降る、岡雪。何もせずぶらぶら。いもをゆでるのに火をたく。今日程一杯食べて苦しい思いをした事は無し。出納簿の整理をする。

     電気が来んので困る。早くねるより仕方が無い。

     

     

    十二月二十五日()

     

     今日は雪やらと思われる日。岡雪降りとあり。治子今日より休みに入る。

     今日は表てにアンカをして独り勉強。非常に寒い日。独語をすこしばかりイジクル。治子が天ぷらをする。夕食迄は殆ど無為。兄ちゃんはカンダツや○竹をきって来て風呂場直し。今日は腹具合が面白くなし。

     愈々勉強も本格的にやらざるべからずと思う。

     

     

    十二月二十六日()

     

     夕方、鴻南寮生活日誌抜粋の整理をする。

     

     

    十二月二十七日()

     

     お母さん等は国広に木を取りに行かれる。治子は日直で朝より登校。朝大霜。兄ちゃんは市原へ。今日は一人で淋しい。芋をやいたりする。本家に醤油を買いに行く者が多い日。国広に、お母さんを配給の事で迎えに行く。一束負って帰る。

     夕方前の田にコエヲ二か(?)くむひょろひょろする。此の頃雨が降る。自転車を修繕して貰ったので前を乗りあるく。漬け○○の竹を編む。兄ちゃん、市原より魚を持ってかえる。お父さん、一匹国吉に持って行かれる。この魚で天プラをする。この美味い事。外は物凄く寒い。

     

     

    十二月二十八日()

     

     今朝は少々雪が降っている。今日は割合よく勉強する。姉さんは組合にわしらの配給米をとりに行って貰う。もち米の配給を貰って来て貰う。一日中炬燵に居る。一日中雪がすんすん降る。綺麗な景色である。よくふるものである。

     

     

    十二月二十九日()曇雪散らつく

     

     今日はおそくおきる。朝よりもちつき二へん程つく。○ぬりの美味い事。雪が降り物凄く寒い。姉さんは満得寺へ平岡のかわりに夕方迄配給を取りに行く。下の水車に粉を貰いに行く。天プラをする。今日もくずくずして暮す。午前中は独語を仕上げてうれしい。

     去年は工廠に居たのだがと思う。ちがったものである。

     四枚程葉書を書く。ぼつぼつ本格的に勉強すべきと思う。心ばかりあせり実行が伴わず。気があせるばかり。どうしたらよいであろうか。又試験の結果を思うと身がちぢむ思いがする。正月も明日もくそも無い。ぐんぐん突っ込んで行くべきである。畜生等に負けてどうなる。とは言え、実行の伴わぬ辛さ。

     

     

    十二月三十日()

     

     今朝ねむくて八時前におきる。つまらん事で朝早くよりぶつぶつ言う。姉さんは有代へ午迄配給の事で行く。お父さんが朝向原に行かれたので朝の中に新聞が読める。午前中独語を少しばかりやり大体完成する。姉さん、配給でニシンやらカズノ子、ノリ、イリコ、カツヲ等持って帰る。人出は多いしすべての成行が年の暮を思わせる。去年は動員で、此の頃は気を腐らせたものである。敗戦とは言え、年の暮は一種憧憬に似たものを身近につくづく感じる。

     治子は給料日で午より学校へ行く。兄ちゃん、心臓が変だと今日は不調。 

     午より姉さん、お母さん豆腐作りである。火をドンドン焚く。三時頃、局へ速達を出しに行く。

     道々会う人の身振りにも年の暮を思う。皆、凧を片手に荷物の端に。正月待つ子のあのまち顔

     散髪屋も一杯。町の中も配給に忙しい。子供の声にもそうと思われる。局と築ノ屋に行き、胡粉を三つ買う。悠々と歩くのも又一しお感深し。空の色、山の色又ふかし。

     

              道を行く人の身振りに春近し

              空の色 逝く年の瀬のわびしさよ

              街の子に先ず年の瀬を思ひけり

     

     夜の目覚めの時等、無性に淋しくなる事がある。明けて二十一才になる身の今日一体何をしたか、何の為に生きて行くのかと思うと真暗い所にはるかに引き込まれて行くようである

     何かしよう、何かしようと思って暮す毎日でも実行の伴わぬわびしさ。無為の日々は過ぎて行く

     退歩している。確かに退歩していると思う瞬間より立ち上がれと思う。

     豆腐、失敗らしい。治子、中々かえらん。兄ちゃん具合面白からず。と、ここ迄筆を運ぶ。今日、明日に今年の考えをまとめ度いと思う。

     

     

    十二月三十一日(月)雪散る 八・〇

     

     夕は一時半迄おきて居る。でもよく整理して嬉しい。外は全く暗闇で雪の降る気配有り。でも落着いて静かな夜である。今年も後一日で暮れて行かんとしている。

     今朝お蔭で八時におきる。一面に薄雪が置かれてある。寒いみそかである。

     朝の中独語、生物を整理する。午よりはそばの火を焚いたりして過す。外は寒く雪が散る。

     今三時、掃除されて納戸でこの日記の整理を思い立つ。硝子窓の外は寒く、竹のたたずまいが実に年の暮れらしい。鳩がクークーと寒さに鳴く。

     今年こそ自分の生活にとって、或は国家にとって大きい変動はあるまい。   

     先ず住所より言うと、呉に於ける動員生活、次いで山口に於ける高校生活とあわただしく過ぎてしまった。

     去年の今日は呉の寄宿舎で田中と二人しらみに食われながらさみしく年の暮を送ったものだが。唯専心山高突破の一本の箭となりてあらゆる肉体上、精神上の快楽というものをすべてここにささげ余裕の無い生活であった。悲壮な気持である。

     今にして思えばぞーとする。汗が出る。

     あの冷たい鉄と石のドックに入り仕事をして来た自分である。小心者の自分である。

    余裕の無い自分である。

     発表をひかえドックの中で身心共に寒さにふるえた時の気持。発表前日、竹伐作業に行った時分の心の状態、今にして思えば夢であるかもしれん。然し生涯忘れ得ざる夢である。然し、一時合格通知に接した時の自分、これ正に驚異的自分であった。嬉しさに風呂に行った時の嬉しさ。

     そうだ、林や国見や原田と一諸に機械台の所で話した事もあった。走馬灯の毎日であった

     受験前後の気持。

     合格を知らされ時の気持は既にとび立つだけの力は無かった。万事終れり。むしろ放心の心に近し。

     然しそれに続き、徴兵検査、入営延期撤廃、戦局悪化、連日に亙る空襲、上級学校入学延期等毎日の如くかわり行く日々の情勢。特に五月六月頃の自分、帰省時に於ける自分、如何に親不孝な事であったかと思うと。

     一日も飯も食わず物も言わず飛んで出た事もあった。そして職場で淋しい自分であった。お父さんを、お母さんを、姉さんをどんなにいためた自分であった事よ。

     治子は不孝にして女専に落ちた。然し、女教としてかえってくれて、その安心は極度に達し、兄ちゃん又京大に入り得て我が心の裕福な事。柿を二ツ三ツ下げて広の寄宿舎の前をぶらついた自分であった。これで心残り無く戦車兵にて乙種合格で出得る身となった。この時は実にうれしかった。

     海軍の非に気を痛め、又指導者の非を嘆じた自分であった。又一般人の行動に対する非難の目を向けたのも此の自分であった。

      又すでに一ヶ年あまりになる此の生活の為全く工員のそれ(以下のページ紛失)
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    第17章 青春のアルバム-ファイトと劣等感と-(1945年10月)

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    上:山口の名が胸に見える。山高では野球、相撲、マラソン、籠玉の対寮マッチがあった。水害によって実家からの食糧援助が届かぬ中、空腹にもめげず、失われた青春を取り戻すべく大奮闘する。 
    中:前列右が著者。物理や化学への劣等感にさいなまれ、陰のある表情。 
    下:マントを羽織った後列の青年が著者。食べ盛りの高校生たちは、進駐軍の兵士相手に、日本円と、チョコやガムの取引を考えつく。英語が得意ということで、著者が交渉役に選ばれたが、金だけ巻き上げられるという苦い思いもした。その恨みを晴らすべく、アメリカ兵への「決死」の仕返しを計画する。


    十月一日(月)曇 起床六時

     

     愈々十月である。今日は猛烈頭が痛くてぼんやり。対寮マッチ、延長戦の結果、野球は中寮に敗れる。残念無念のストーム。食事後、南寮と試合あれど中野とマラソンをやる。十九分を要せり。県庁は実に立派である。夕やみの中、南寮と接戦。壮烈、応援も。ストーム、ストーム、旗はゆらぐ。芋を食べる。ああ頭がくしゃくしゃ。

     今日も便無し。

     

     

    十月二日(火)曇 風強し 起床六時

     

    数学・独逸語解らなくなるぞ。己の頭は瞬間的働きというものはないのだ。これは致し方がない。其処の所は努力で補うより外は道は無いのである。二時限迄ホールの所の畑を立派に仕上げる。今日は物凄く体がだるい。腹力が足りんのである。

    実に文句という偉い事を言い、難しい事を知っている。そして世の指導者の非を述べ立てそれで我が意を得たりとしている。それが一体何だ。少しも現在という事を考えず言っているのだ。その本人が如何にも無力であり得る場合が数々ある。頭は好い。学課は出来る。堂々たる常識もある。しかしそれであった(て?)日常の些細事が何一つ出来なくては、偉いとは言い得るが、真の指導者ではあり得ない。じっくりと、その日その日を希望を持ち、最後の目的達成の為黙として語らず、日常に些細事に力を致す者は或は表面的でないかも知れんが実におそるべき者だと言い得る。

    日本には口では頭では実にすばらしい人が多く居った。然しそれがあまりにも指導者的価値を有しなかった。何故か。それは口と頭だけで人を導かんとしたからである。しゃべり過ぎたからである。努力がなかったからである。坐って居て、計算だけで人に叫びかけたからである。

    遂に速達にて金・食糧の要求をしたり。どれ程待った事かもしれん。それにより日々を空費したに過ぎん。ああ辛い事よ。速達よ一日も早くつかん事を。マラソンなんか出来そうもないぞ。今日一日中雲行怪しく、風が吹く。今日あたり台風が来ると報じでは居たが。又鉄道が不通になる。困難は日一日と増すばかり。心細くなって仕舞った。

    二日目の対寮マッチ。西寮、南寮との決戦。延長戦の結果、遂に我が寮勝てり。感激ストーム。高校ならでは見られぬシーン。東寮、北寮の決勝戦は応援。闘志、流石はと思わせる所ありたり。

    あらゆる団体的行動にもれ少しでも楽をし、少しでも単語を覚えようとする卑怯者がいる。それがあらゆる所にあらわれる。持っての外である。人間としては極めて価値の低い者である。嵐の中、優秀寮のストームの声が聞える。

    嵐が窓をたたく。暗が窓にせまる。降れ、そして吹け皆の心を吹き飛ばす迄。己の此心をふきとばし流し去る迄。明日こそ、げに家より便はないかなあ。これさえあればと思う。

     

     

    十月三日(水)雨 起床五・五〇

     

    今日より起床五時五十分。今朝はねむくて目が開かん。夜中猛烈に降って居たようである。今朝も又雨。又森さ(?)の時間よめなの写生。弱って仕舞う。独逸語は猛烈進むので筆記するのに弱った。五時限目草履作り。今日は割合よく出来た方である。又便無し。一体どうなるのであろう。毎日毎日待つ事である。もう一ケ月も待つ事になる。明日こそはと思うが、却って思わぬ方がよいかもしれん。然し待たねばやって行けん現状。困った、困った。いたずらに時間が長い事よ。階段を上がるのに足がだるい事よ。力全く無し。雨の中、土俵で相撲の対寮マッチ。マントを着て行く。暖かくてよい位の気候。一回戦、東寮とやり四対一で軽く一蹴。二回戦、南寮とやり又かち、北寮と三対一で又辛くも勝ち、強敵北寮と優勝戦を争い、三対二で遂に優勝。感激ストーム。土俵もわれよと狂い舞る。竹刀飛び、マント飛、掃木とび、声はかすれど、天をどよもす。勝った時の気持のよさ。野球のうップンを晴せり。雨は降れど。

    食事当番。猫の奴、かいてやればやる程??ている、可愛い奴である。皆あまりにも情という事が無い。要するに利己主義のかたまりである。なさけない事よ。いくら暗示してやっても一向に応なし。応援を回避してかくれて勉強するような極めて卑怯者も居る。最もにくむべきいやしむべき行為である。高校生としての価値は絶無かと思われる。遂に一日中雨でくれた。家では柿の美味い頃であるが。いろりの気持の良い頃であるが。帰り度い。物凄くかえり度い。明日こそはと待つ。

     

     

    十月四日(木)雨後曇 起床五・五〇 対寮マッチ マラソンに出場の日

     

    亦今日も雨である。気が悪いなあ。雨の中でも今日はマラソンをやるという。体は稍好子である。昨日迄は一寸だるかったけれど。四時限目草履作り。午よりも相変らず雨は降る。家より手紙来れど十二日の日付でがっかり千万。ああ、であった。がっかり千万。今日は寒い位。五時限目に雨が止む。頑張るぞ。と、すでにも敵をのんでやった。二時半、応援、選手共に出発。西寮、必勝を期してすでに自信あり。 

     女学校のこちらで出発。すはとばかり飛び出る。西寮の運を両肩に負い、悠々快走。早くもへたばった奴等を県庁前で追越し、独走、独走、又快走。立小路何ものぞ。皆、応援があっけにとられているのには気をよくする。八木通りも快走。丁度、映画がひけた時であったので、人ごみには一寸往生する。これも軽く突破。英霊安置所の所より四数人の伴走に力強く走る。校門を悠々入り、実に一着。時間正に十六分と二十秒。遂に一着。二着、三着とみれば、これも又西寮。優秀完全、遂に今日も優秀。どうだ此の俊足を、どうだこのファイトを。皆さわぎ居る。ああ・・・

    今日の優勝。今日はあまりファイトを出し過ぎて、少し具合悪し。はじめに少し出し過ぎたのだ。

    夕食後、皆で豆を食べ砂糖をなめる。たのしい一時。それよりつかれたので、ぐっすりねる。気持ち良いねむり。よび声におこされる。芋だ。皆でよってたかって食う。うまいぞ、うまいぞ。夕食後、いものつるの葉と茎を一時間位かかってもぐ。皆でもぐ。これも貴重な己等の食物であるからのん。ああ、かった事の気持ちよさ。点呼迄ねたのはよいが、消灯後ねつかれず一往生した。

     

     

    十月五日(金)曇風強し 起床五・五〇 対寮マッチ最終日

     

     なんとねむい事よ。風の強い日。化学はなんの事やら一向に解らん。今日が最後の対寮マッチの籠球、すでに勝に乗じ、敵をのむの概あり。すでに優勝せりか。風が強い。五時限目の体操は野球。昨日のつかれで足がぶるぶる。捕手をやる。

    遂に最後の決勝バスケットボール一回戦に悠々リード。二回戦、三回戦、四回戦常に勝つ。ああ、西寮、遂に全寮制ハなる。我が新寮に新しき歴史を築けるは我等ぞ。うたえ、おどれ、どなれ、くるえ。ストーム、ストーム、猛ストーム。幕は閉された。ついで対寮マッチ終了式コムパ、マキズシ、ゼンザイ、パン、中々ごうせいだぞ、うまかった、我等のコムパ。万事終了。ひきしめてかかれ。愈々着実に勉強にいそしむ時が来たのだ。マラソンの意気で行けば問題無し。やれ、断じてやれ。あの意気を忘れるべからず。

    今日も黒板を見れど己の名前無し。食卓の上に手紙も無し。これさえとどけば、どんなにうれしいことであろう。なんと待遠しい事よ。毎日祈っているのになあ。明日こそは、明後日こそは、次こそは次こそはたすけ給え。これのみに一日を生きて行くようなものである。まあ明日一日を待とう。明日来てひるより又日曜をと考えればうれしくなるがなあ。これも空想。現実の苦がまちぶせている土曜、日曜がああ、ユーウツ。

     

     

    十月六日(土)晴 起床五・五〇

     

     今朝切符を買いに行くといい早くよりさわぐので早くより目がさめ、おかげでねむい。朝よくはれた秋日和。日向が良い。素足で出たら寒い位。もくせいの香が到る所に満ち満ちている。柿の色づきが感ぜられる。

     剣道は武道場の掃除。いい日和だなあ。皆家にかえる。羨ましい事此の上なし。かえりたいなあ。又今日も便なしだ。こんちきしょう、ねてやれとばかり十二時すぎより三時半迄ねる。なさけないなあ。明日も面白くないのであろう。野球に出るという。困った事。

     

     

    十月七日(日)曇 起床六・二〇 農家に食糧買出しの日

     

     昨夜は度々目がさめ、体具合が悪く夢ばかり見て居て弱ったといって早くおきる気にもなれん。体の貧弱がつくづく感じられる。物憂く、大儀な朝。武市より買出しにさそわれ行くことに決する。朝食後、弁当持って広瀬さん、武市、難波と四人で出かける。バスにのれず歩いて湯田駅に行き、それより小郡迄のる。新聞で幣原内閣成立をしる。憲法の改化もしる。田舎の柿が赤い。先ず十時頃、食堂で代用食にダンゴ汁、かんずめに弁当を食べる。歩いて山手側を家別訪問。どうも心ゾウ無くて駄目。家で学生が買出しに行くという事を聞いて笑ったが、実際自分がこうして歩いているのを思うと、何か変な気がする。

     又もどって又食堂で腹ごしらえ。大歳に行かんとすれどバス駄目で、中野の方にとぼとぼ歩き。又駄目。ひき返していると中野に会い、中野の世話で三貫目位手に入れ、中野の家の世話になる。白米のムスビを頂く。そこへ又五人もおしかけてくる。丁度悪い所へ来たものだ。三時半頃にひきあげる。十分間位待ってばすにのる。カズノコ(三十円也)と、芋を持って。

     バス快走する。五時半頃帰寮。ナバメシを食べる。京都より葉書。うれしい事である。

     

     

    十月八日(月)曇後雨 起床五・五〇 知人の惨禍

     

     夕おそく迄駄弁り又、食べ過ぎで胸がやけ腹具合悪く、二度も便所におきる。朝おきる時、動員の時に感じたあの倦怠さを感じる。どんより曇った朝。午より雨が降る。

     腹具合不調の日。モクセイの香一杯也。家より二十三日付の手紙二通来る。うれしい。家の方の損害が物凄いとの事。どんなに変わり果てている事であろうと思われる。綱島及び角さん(父と親交のある中国新聞記者)の手紙同封してあり。綱島(広島市の下宿先)のあの奥さん、又イッチャンの惨死はどうしても信じ切れぬ。どんなに心よりとけ合って世話をして貰ったかわからん。運命は過酷だ。イッチャンがかげより箒を持ってワッといって出て来そうだ。広島に於いて己の心を引くものを一つ失えり。心より冥福を祈る。大将(綱島氏)の心推し量るべ可し。あの楽しい家もすでに無しか。角さん、赤松さんの奥さんも又かの犠牲になられたとか。いかにざんこくなりしよ。夕食迄気が抜けて何もする気になれん。夕食は代用食、パンかダンゴか、気分こわす。面白くなし。  

    芸備線が一ケ月も開通不可能か。二十日より休が無い方が余程いいと思う。小包も六日より受付というではないかもう何もかも忘れてしまえ。これを待つ為何日を空虚に過したか。馬鹿な話だ。もう十日も待たねばなるまいと思う。ああなさけなや。不安や力がぬけてしまった。クラスマッチもあるというし。

     人心、道義の退廃というが、もうすっかり団体生活が厭になって来た。人情もヘチマもありやあしない。これこそ利己主義か。人の事、言いかえれば自分の困った時というものを人にほどこす事が出来んのだ。心がつめたいのだ。道義の退廃である。こんなものとは一緒に生活は出来ん。大東和と己の如き真の生活意義ありという可し。何とよく雨の降る事よ。明日のコムパも流れらしい。二十日かえれるのだ。これ迄は捨身的な勉強するぞと思いしが、今日の手紙話で青菜に塩といった状態。ねるのも大儀な位。も少し温かい心が欲しいなあ。

     

     

    十月九日(火)雨 起床五・五〇

     

     亦今日も雨である。寒い位。人文の尾田講師の時間あり。万葉集の講義有り。

     今日も亦草履作りをやる。片足を作る。うれしい事は草履作りである。こんな雨の日しみじみと焼栗を食べ、柿の味が歯にしみる家が己にはあるんだ。つくづく帰り度クナル。今日は最早、火曜日。わからん、わからんながらもう十日九日である。今日も便無し。待遠しい事。二十日より休であることを専心祈る。ひる時間、広瀬さんとみみず掘り。太きい奴を多く取る。岡崎さんの復習にひやく(?)生物、実験室でみみずの観察。気持悪く臭い奴だ。こんな事を一ヶ年もつづけたら相当ためになるだろうと思われる。四時過ぎ迄やる。帰って寒いのでマントをかぶる。今日がいよいよ愈々優勝コンパをやる。三十程おくれて八室でやる。うまいおかずに、パン、芋、動けんだけ食べる。豪勢なものである。実にうれしい一時。七時半迄芋を食べて、食興の中に打ち過す。しかしよふな。遊ぶ時はあそべ。学ぶ時は学べ。これ高校生のとるべき道也。二十日迄死にもの狂いで頑張れ。やれ、やれ。

     明日こそは便があるであろう。山口にも進駐軍が来るという。日向の最後が新聞にあり。我等航空戦艦としてマの(?)ポンツーで遊びに行きし事ありしを。ああ動員がなつかし。井唯の面が浮び、坊田が偲ばれる。あの中丸は多分原子爆弾の犠牲になっているだろう。税務署の所よりして。そうでなければこれ程幸の事はない

     武市、頭が痛いといって熱を出してねている。努力せねば駄目の己。頑張るより外に道はない。二十日に休であることばかり祈る心。

     

     

    十月十日(水)雨 起床五時五十分

     

     どうも今頃は夢を見ていけない。困った事である。今日も亦雨である。おお寒い。一日中手の爪が紫色になって仕舞った。教室も寒い。雨が降る。大風があれる。数学わからん。ひるより作業、亦草履を午方、昨日とで一足作る。うれしい。今日こそは速達はと思えど駄目。もう雨なんかやんでくれればよいのに。

     新聞見れば気が悪い。食糧事情、益々困難になるであろう。困った事である。午後山野内と二人、米や芋や南京を持ち、香月に同室コムパをたのみに行けどだめらしい。置いてかえる。明日は駄目であろう。やってくれればよいのになあ。雨の中二人でマントを被りかえる。明日英語の試験ありといい、皆必死。夕食は今日はパンではなかった。新聞を毎日見たいものである。高校生の重要さが身に沁みる。

     それにしても己は頭が悪い。無理もねー。勉強らしい勉強した事は今迄一日だってねーんだもの。無理もねー。家に帰り度い。無性にかえりたい。二十日より休になることを専心祈るのみ。明日は速達が来るかしらん。小包か手紙か待遠しいなあ。否、決して来ん。ああ落胆。暗の中か、あーねむい。

     

     

    十月十一日(木)雨 起床五・五〇

     

     久しぶりの熟睡。初めて太鼓を聞かずにねる。今朝も風荒れ、大雨が降り、秋のすさまじい朝。おお寒い。食事当番。食堂に行く。廊下を通ると冬の如く寒い。食事当番は実に嫌である。全く嫌である。今日英語の試験ありという。寒いのに教室に向う。ノコンギクの図漸く仕上げる。英語の試験。

     己は度々試験した事があるが、あそこを調べねばならんと思っても、遂に横着で後に後にとゆずり、遂に其のまま出たら丁度それが出て居たという事である。努力を惜しむ証拠である。大いに参考に供すべきである。又よくよむ事、よく考える事、つまらぬ失敗する、残念でならぬ、無念でならぬ。

     修練部が移転する。クラスマッチの打ち合わせをすませる。山之内と二人、香月と藤田に行けど失敗。太陽堂に行き頼んで帰る。風が吹き傘もさされぬ位。郵便局に行き切手と葉書を求めてかえる。

     食事当番。パンが蒸されんので五時半になる。これだけで、この五体を支えんと思うとなさけない位。なさけない思い。家にかえりたい。又、山陽線不通か。何も条件の悪い事ばかり。高木が全寮制廃止だという。本当であろうかと思う。本当だと嬉しいのだが。又、休は確実あるという。一心に祈る。雨も止め又、鉄道が不通になるではないか。困った。心の落ち着く術を知らず。又、これで手紙、速達、小包が来ん。畜生、これのみに光明を見出して暮している毎日であるのに。太陽堂やってくれるという。悦悦。明日の番が待遠しいぞ。今晩も頑張れ。色々考えれば実にユーウツになる。この日記をかくことによりどれ程慰められ、又心のかたまりをはき出しているかもしれん一日の中で一番楽しい。重要な行事の一つである

     この雨で一段と寒くなる事であろう。こんな日に芋を焼き栗を焼き又柿の味を歯にしみこますのは実によいがなあ。特にいろりの辺が一番好い。これ程親しみの持てるものも又少ない。ああ我が家よ。世界の中の最楽園である。京都でも同じ考に耽っていられる時刻である。明日は手紙が来んかのう。

     

     

    十月十二日(金)曇 起床五・五〇

     

     愈々中間試験ありという。物理、化学心配である。気が悪い。

     冷たい風呂にとびこみ、ぶるぶるふるえる。たむしの奴が出来て熟睡出来ん位。なさけなや。

     夕食はパンと芋の夕食後、校庭で芋の茎むしりすんで、太陽堂に同室コムパに行く途、メリケンゾルのジープに会う。根畜生、野郎。午後にダンゴ汁、カボチャ、豪勢極る所。伸びる迄食べて食べて食べ盡す。伸びた、伸びた、でも面白かった。

     

     

    十月十三日(土)曇 起床五・五〇

     

     腹一杯食べては居るし、ねむくはあるし、よい天気らしい。でも寒い。腹具合不具合、不調。朝食後、又二次会コムパ。弁当と芋と食べる事が一番のたのしみである。葉書を出して置く。愈々、試験の発表も出て居る。畜生だ。気が悪い。試験前に休みがあるというし、一番困る存在である。かえりたくはあるし、試験前だし。継走と相撲の組合せを決める。四時限目、武道。一年余もやった事がない。調子が悪い。己はこんなものは嫌である。一番嫌いなもの・中の一つである。いもの茎を油でいためたのは多少良い。午後は金尾教授の沈める鐘の研修。後に坐り声が聞えず。一時間ばかり、ぽかーんとして坐っている。馬鹿な時間を費やしてしまった。中村先生に組合せを出して置く。今日も便無し。一体何時になったら来るんだよー。帰る迄猛烈に頑張ろうと思うが、実際に怠けてばかりいてつづかん。わからん。一高の生徒と競争であるぞと思うと何かひきしまる。家より何か来んかなあ。己はつまらぬ、頭の悪い人間様である。つくづく思う。明日の日曜の己の行動が思いやられる。たむしの奴が己をくるしめる。試験と共にやれやれ。家より手紙一切来らず。それだけでもユーウツである。明日こそ来ればよいがなあ。

     

     

    十月十四日(日)晴天 起床六・二〇

     

     つくづく頭の悪きを思う哉。秋の日に日曜日に、散漫児たりし事。今もそうだが又屹度将来とも遂に取りかえしのつかぬ事だが。真に己のこれが姿だ。自惚れ心は更に高い。みくい事、体の貧弱な事も又第一頭。死んだ方がよいのではなかとさえ思われる。高校教育を受ける価値はないかの如く思われる。兄ちゃんにすまん。又、家の人々にすまん。すべての人々にすまん。落第したらそれこそどうなるであろう。京都帝大なんか又夢かも知れん。簡単な応用問題さえ解けんのだから猶更悪い。予備知識の点に至りては皆無の状態。神経衰弱になるかも知れん。又なればよいと思う。果たして努力で追い付くことが出来るであろうか。此の点甚だ疑問である。頭の働きが全然ないのだ。人並み以下だ。それで居て二十才であるんだ。然し努力しよう。努力。死んだ積りで努力だ。他所を見るからこんなに悲観的に陥るのだ。自己はどこまでも自己であって自己だけの力しか有せぬものである。此の力を最大限に発揮してこそそこに己の己たる所以があるのであって、偉いものは己より偉いのはあたりまえである。勝とうとか畜生とかそんなけちな考えは止めて専心自己研磨に努力するのが最大価値を有するのであるが。しかしそんな具合に行かぬのが人のぼんのうである。助け給えといっても自己より外に自己を助ける者は無い。結局は自己に帰するのだ。要はへりくだりが此の点に於いて一番光を発して来るのではないであろうか。日々刻々、時々己を厭?して来るものがある。畜生。家より便は無いし。何も便沙汰は勿論無いし。頭の悪い先生、困って御座る。地獄、地獄・・・・・・・・・・・・

    今日はとてもよい天気絶好の秋日和。こんな日に柿の木に登り、四方の景色を眺めつつ手当たり次第食い平らげて行くのはうまいがなあ。思っただけでも飛んでかえり度い。裏では盛んに梢を刈っている。家より何も来んので猶更感じるのである。頭が悪いから猶更感じるのである。兎に角ぼんやりしている時間が非常に多い事よ。あきれる程。色々考える間に手を下し、どんどんやればよいではないか。

    点呼の時、非常なる寒さを感じる。秋も深い。午前中、解析幾何を少しやる。部屋に陽がさしこむので気分が好い。下宿を思い出す。今度かえるのに試験がすんでかえるのだとどんなに気持が好いであろうかと思う。ああ、コオロギが鳴く。家より猶に便無し。心細し。畜生、頭が悪い。

    もう五晩程ねたら帰れる。これが何よりのたのしみである。今日、写真が出来上る。己はほんとうにへんな顔をしている。困った代物だ。目付が悪い。こんな人間がくよくよしたってどうにもならんだがなあ。死んだ方がましかもしれん。家より援物がとどけばどれだけ嬉しい事かと思う。明日こそは、今日こそはと待つ程悲壮な事はないと思う。家よりはなれてはじめて味わう所のものである。明日こそはである。

    食事の時、手紙を見、黒板を見る時胸がドキドキする思いがする。すでに当地にもメリケンゾルが来ているという。なにもかにも面白くない事であるよ。数学でも物理でも解決する頭があったらどんなに幸福であろう。どんなに愉快な毎日であろう。やせおとろえたる此のみにくい身を毎日毎日引っ張って行く事の辛さよ。張り合いなさよ。ここにも煩悩が存する也。

    駄目だ、絶望だ、自惚れだ。秋日和稲刈る鎌の光かな。

     

     

    十月十五日(月)晴 起床五・五〇

     

     又今朝の起き難い事。物凄く冷たい朝。手足が充分動かん位。冷たい。歩いて県庁のところの大神宮に参拝。つめたいといっても話にならん。去年の動員でこんな日どうしてドリルのバルブを握ったのであろうか。思い出してもぞっとする位。柿の色が目について致し方が無い。朝御飯でややあたたまる。授業中の寒い事。冬が思い遣られる。午後ちぢこまって授業を受ける。今日の道義の講義の講義は実に心に応える所があった。現実を現実たらしめるには、過去に対する責任をとうと同時に未来に対する希望を此の点に凝固するという事。過去未来にとらわれずしかもその各々に対して責任を持ち、希望を持つ事である。執着せぬ事である。実に尊い事である。執着のないこと、悟りに入った僧は常に顔が和やかであるという。此の境地である。尊いかな。

     物理はわからん。クラスマッチの開会式あり。一回戦に理甲Bとやる。メンバーが揃わず往生する。全くの、にわかだてである。外野に居て二、三度ぬかす、結局負けた。練習せんので無理もない。

     でも面白かった。盛に皆やっている。執着せぬという事を知り、急に眼前が啓けたような気がする。休と試験の発表が同時に出ている。皮肉と言えば皮肉である。京都より葉書来る。責任は重大であるぞ。夕食事し、校長の長い話あり。家より待てど待てど今日も便無し。遂にあきらめようか。明日こそは。朝晩冷える。今晩もパン食。面白くねー。

     

     

    十月十六日(火)晴天 起床五・五〇

     

     記念祭にとっては絶好の日和。秋日和、朝より準備する。一番目継走。三番になった。力走も力及ばず。野球も負ける。京大医学部の奴が来て活をする。

    ホールで食巻でサツマ汁を一杯たべる。相撲もまける。メンバーを組むのに困る。よい日。

     秋一日中あちこち見てばかり居る。べん強せん。天プラにしるこは満足であった。京都に手紙を書く。今夜は不寝番である。

     

     

    十月十七日(水)晴 七・〇  

     

     夕不寝番なので今朝は朝食の太鼓が鳴る迄熟睡。神嘗祭で今日は休日。空も好晴。然し、今日はすっかり駄目、ふらふらである。何をしたかわらん。夕食後、夕も芋を食べた、といって自習室で、委員連にいたく叱責を受け、面目丸潰れ。今晩は書きたくないから明日にしよう。感激猛ストーム。武市が班長を止めるという。致し方が無い。引受ける。兎に角人格の淘汰こそ第一である。これが一番である。うぬれ見て居れ。根畜生。偉そうな事を言うが能では無い。

     

     

    十月十八日(木)雨 起床五・五〇

     

    夕殆ど十二時迄駄弁る。又人がおきたりするので度々目がさめ、今朝は目が痛い。又雨が降りやあがる。明日かえれるので心が落着かん。雨が降っても割合暖かである。旅行願を出し、旅行証明の事で心も定まらず。旅行証明を貰ったものの、明日の朝が気に懸かる。うまくゆけばよいがなあ。試験の発表があったという。物理が解らずがっかり。  

    米を貰い、大豆粉をかじる。パンを弁当として一食分貰って食べる。旨かった。今夜は徹夜するのである。面白いではないか。試験さえなければとつくづく思うが致し方無し。タムシがなおりかけたが、丁度薬が無くなった。残念、残念。

     

     

    十月十九日(金)雨後曇

     

    二時半起床。雨の中、マントを被り、山崎と山本と三人で駅に行く。未だ駅は真暗。米軍のジープが来、歩哨がいる。十時の指定巻なので小郡行を求める。未だ暗い中を雨の中をかえり少しねる時間あり。午前中授業。午後は教室の机を有備館に運んだだけですみ。弁当は朝皆食べて仕舞う。時間があったがごろごろしてすます。堀江と一諸に出る。三時二十七分にのる人の多い事。進駐軍が入りつつあり。

    かえる汽車の旅はうれしい。丁度三時二十七分の広島止に乗る。周防と見た辺より席があく。うれしい汽車の旅である。広島十時半着。相変らず混雑している汽車の中へ。和泉と二人ねる。矢口より中三田迄歩かねばならんと言う。これには閉口した。然しよくねた。

     

     

    十月二十日(土)晴後曇

     

     漸くにして汽車が出発。其の時のうれしさ。でもすぐ矢口着。矢口で山竹に会う。山野、森本、中丸がやられたという。運命のはかなさよ。運命のいたずらよ。荷物をつむべく、荷車が多くいる。

    遠足の気分で二人話しながら歩く。何遍も行軍で歩いた路故猶たのしい。崇中の奴も途中であう。此のへんは祭らしい。幟が立っている。何時かの行軍の時も丁度此の頃の祭であったと思う。峠で弁当食べた事も思い出す。線路伝いにも歩く。物凄い被害におどろく。鉄橋の流れた所もある。此の分なら年内復興は駄目と思う。山の中の泥道には参った。腹はすっかり減るし、。途中柿やナバを売っている。その高い事。柿三つが一円とは。芋二個が二円。馬鹿らしい話である。でも腹が減ったので食べる。奈地田に入り込み、柿を腹一杯食べる。竹内にあう。

     栗栖先生、中川、村崎先生は死亡、校長、教頭は負傷、新田、細川も死亡と、身の毛もよだつばかり。特に栗栖先生の死に於いては

     矢口を七時半に出て中三田に十時半につく。五里あるという。二時五十分迄待つ事の長い事。これ程長い思いをしたことはない。家はついその先にありながら。これだからもてん。

     助役が手を上げ発車合図をした時の嬉しさ。胸がおどった。車内は勿論一杯。光易が荷を一杯持って行って居た。柳川に会う。高中に奉職しているらしい。頭の悪いのにびっくりして居た。広高はつい前より日本製綱で授業しているらしい。清人さん、輝雄さんと一諸。谷本、朝鮮より復員という。等さんの事を心配していた。可愛い奴である。水害のひどいのに唖然とする。はじめてであろう。お母さん、大町の稲の整理中。愉快なばんさん。又天国にかえった。よくねる。

     

     

    十月二十一日(日)曇

     

     今日は治子はひる迄休でひるより出る。配給物の色々を見せて貰う。柿を腸わたに沁みこむだけ食べる。お父さんの製作、着々と出来つつあり。食べる事の外に無い。新米と味噌のうまい事。

     

     

    十月二十二日(月)

     

     今日も同じく先ず食べる。姉さん、お母さん、お父さんと話する。柿をもいで食べる。お父さんの製作の所に行く。お母さん、姉さんについてあるく。又食べる。柿を食べる。新聞を見る。これが生活の全部である。これ以外はない。

     

     

    十月二十三日(火)

     

     治子が幼年学校の服を上下と下とを持ってかえる。今日も一日中食べる事に本領発揮。京都より手紙来る。ああよく食べた。風呂を沸かす。早くねる。勉強なんて考えもおよばん。今日一日粉ひきをする。家の人々のくろうが解る。丸一日もかかるんだから。藤東のケンヤン来られる。

     

     

    十月二十四日(水)曇

     

     もうかえらねばならん。寒いので活動が出来ん。だいのやしき?もうまいが、づくしも猶うまい。はらわたにしみる所が猶美味い。然し今日は久しぶりの秋日和の快晴で気好く晴ればれしくあたたかい。うれしい。午前中、局に小包を出しに行く。白ズボンをはいて師?さんというものはつくづくいい。悠々と秋日和を歩いてかえる幸福だ。お母さんらは稲こぎである。こんな日には柿の木にのぼり秋の陽を全身にあび柿をもいで食べるのは実に極楽だ。田舎に生まれたもののみにあたえられた特権だ。づくしをもいで来て仕事場で皆食べるのも又旨い。

    ひるはおかずをする。大栗で栗飯をたいて貰う。味噌も美味い。夕方風呂をわかす。此の時間、生物を少しおぼえる。秋の薄色も好い。こんなに美しい世界が我が故郷だから幸福な事だ。一家談合の夕食の美味い事。ぼつぼつ荷物の整理。楽しかりし一日よ。幸福なりし一日よ。

     

     

    十月二十五日 晴天

     

     今日も秋日和にして稲こぎ。今日は駅と銀行に行く。切符は矢張り立てろという。銀行より五百円貰ってかえる。治子はひる午休。よい天気だ。敗戦はどこぞと言いたくなる。いい気分だ。荷物の整理に忙しい。姉さん、お母さんはもうひるより出発用意して下さる。弁当やらおやきやら芋やら。何から何とひる迄に餅をつく。米沢に持って行くべく。

     大体夕方迄全部支度はすます。夕方雨が降りそうなので暗い中、もみやら仕事場の整理を一生懸命やる。うまいごちそうで夕食をする。愈々明日かえらねばならん。姉さん、今晩常会という。風呂に行き直ぐねる。

     

     

    十月二十六日(金)晴天 四時半

     

    お父さん二時半におきて切符に並んで下さる。親不孝をするようだ。お母さん心づくしのにた餅をしみじみと味わう。姉さん飛行靴を持ってかえっている。ああうまかった、もぐりも。弁当をどっしり下げて、お母さん姉さんに見送られてマントをきて出発。お父さん、四番目に切符を買って下さる。子故に苦労をかける事の多い事である。頑張らねばすまん事である。やりますぞ。荷物は充分重い。六時五十分発。さらば故郷よ、である。島末先生にあう。中三田より下深川迄歩く。

    荷物は重いし、半伸びの状態。でもよく頑張り、殆ど数番目に着く。よく歩いたものだ。九時半についた。よくあるいた。広島迄切符を求める。崇中が各学年共補欠募集している。十一時五分発列車の中でべんとうを味わう。充分。田川も古寺もここだがなあ。広島では直ぐ山口迄乗れたのでうれしかった。比島より引揚げた人が気の毒。皆エイヨウ不良らしい。顔は青黒く気の毒千万。女の人が分娩してくるしんでいる。人々は唯傍観するのみ。漸く医者が来てくれたのでうれしかった。広島仕立てというのでのったが又変更。一時半に漸くくる。破そんかしょを徐行するので実にのろい。水害のみじめさをまざまざ見る事が出来た。車内はむしあつい。づーっと立通し。小郡着七時半。櫛ヶ浜で日がとっぷり暮れる。すぐ山口行がある。これにのり弁当を味わう。うまい事。

    九時、寮着。又ベントウ、柿を食べる。水も旨し。のみの奴が多い。やすらかな寝に就く。家の人々よ、無事に着きました。安心して下さい。足がはれたよ。

     

     

    十月二十七日(土)晴天

     

    ああ、よくねむった。外はいい天気である。おきてムスビやオヤキや柿を食べる。ムスビの美味たりしこと。

    ああ、いい天気である。稲こぎの音が聞える。ジープが裏の道を行く。九時すぎ家に葉書、京都へ速達を出す。米沢先生宅に行く。奥さんが居られる。ああいい天気。さいほうしたり、ねたり、食べたり。未だ足のはれがひかん。いい天気で又静かでのんびりする。家より多く葉書が来ている。武市と篠田と柿を食べ豆を食い四時すぎまであそぶ。今晩はてつやをしようと思うがどうもねむい。

     

     

    十月二十八日(日)晴天

     

    終夜燈の積もりでいたのに消されて一興?に朝迄ねてしまう。夜明けに山口が帰る。はぶ(歯茎)が痛くて何でも食べるとき苦痛を感じ、しかもかめないので丸のみ。それに普段でも痛い。困った事である。今日もいい天気。裏では盛に稲をかりこいでいる。絶好の秋日和である。一日中不決断にぐずぐずしている。こんなつまらん事は無い。

    無意味至極である。陸士、海兵の奴等一年の理科にわずか二人であるという。気の毒な事である。

    思想とかいうものはこんなに迄激へんするものであるだろうか。夕方に皆かえって来る。大コムパをやる。

    消灯迄蝋燭を燈して迄やる。食べる時が一番気があってよい。山崎かえらず。ねどこに入って勉強するんだからなっとらん。動物をやり、植物と独逸語を出してやったら何時のまにかねむってしまった。終夜燈なので皆よく頑張る。

     

     

    十月二十九日(月)五時五十分 曇天

     

     目がさめたら太鼓の音。遂に朝迄ねむってしまった。全くお話にならん。未だ暗い。徹夜の室もあるらしい。皆よくねむっている。未だ暗い。点呼もうす暗い。ねむいが然し気持が良いものである。

     久ぶりの廊下の掃除。味噌汁が冷たい。今日もはぶが痛くてかむ事が出来ず残念である。足の冷たさを感じる。一時間目の数学は机運びで又博物室の掃除もする。二時限目の森さんの時間は自習。悦々である。皆よくこえている。家にかえればちがうものである。家よりの書留、京都よりの手紙、自分等にとっては全く皆が合体であるので、涙が出るほどうれしい。全校体操もひさしぶりである。物理には頭を痛める。でも己は負けんぞ。最後迄希望をすてずに頑張って兄ちゃんの尊い体験を己が補うぞ。物理になやみつつ今宵もくらさん。気が悪い。

     

     

    十月三十日(火)五時五十分 雨天

     

     皆試験で太鼓が鳴っても起きる者は無い。今朝は雨だ。己が一人廊下に出てしみじみ思う。一体学問の結果行が生ずるのか。行を通して学問をやるのかと。己には未だ考えがまとまりそうもない

     夕方にも思う。頭が悪いのだ。高校生たるの資格が無いと。色々思う。散漫児たりし事が果たして此の結果である。まあ考えて見る。受験と称した時代も一日として勉強らしい勉強はした事はない。何もせずに自惚心で受験したのだ。化学、物理は白紙で、それでも高校を受けたんだから。実におかしい。

    冷やあせが出る。故に今になって出来んというのは虫がよい。ここに思いを致せばとりかえす時こそ今である。寸刻を惜しみ初歩より思考訓練する事である。つくづく感じる今日である。

    今日も雨が降る。教育勅語御下賜記念日につき奉読式・訓話あり。二時限目、三次元目は自習。収穫祭に俳句を出す。京都より悲壮の手紙。食糧不足の折、気の毒千万である。我が身に悲壮に感じられる。明日より試験という。今晩の芋のおかずはうまかった。畜生。

     

     

    十月三十一日(水)五時五十分 曇

     

    夕も一番早くねる。二時半におきたけれど十分もして又ねる。又おきる又ねるといった状態で結局朝迄ねむり、太鼓を聞かず、皆おきん。点呼の如きは一部屋かたまって出んといった状態。困った奴等だ。気持のよい朝。食事当番。愈々高校初の試験。一時限目の物理、余白はうめたけれども確実に解って解答したのは一題も無い。実に根拠無しである。これで高校生だから致し方が無い。二時限目の動物もいい加減である。面白くない。これで先ず落第点が貰えるであろう。

    でも中学校の試験より気持が良い。一寸ひるねをする。外を見ればかえりたい。明日は数学と英語がある。ああねむい。人口調査があり面倒臭い。

    これで愈々十月も去って仕舞う。早いものである。もう京都に粉がとどいたであろうか。一日も早く着くことを一心に案ずる。試験はやぶれるし頭は悪いしユーウツである。

    今晩の夕食の芋とパンは美味かった。京都に一日も早くつかん事を祈るや切。

    毎毎日ユーウツの日が待つ。数学、英語、問題の独逸語、最大の難関、独逸語。これがすめば明活?節がある。これが又たのしみである。ああ、明活?節、柿が食いたい、芋が食い度い、京都に早く着くように。


    第16章 自然の怒り(1945年9月)

     
    ~・~・~・第16章~・~・~・  

     1945年9月14日より降り始めた雨はやむことなく降り続き、18日の夜には屋根が飛び、岸や堰が崩れる被害を広範囲にもたらす。ノブ少年の実家方面でも、収穫前の稲おこしや土橋の復旧が急がれ、村民とともに家族も従事していた。汽車は不通、家からの食糧や手紙も寮生活をするノブ少年のもとには届かない。空腹を抱え、不安を募らせるノブ少年であった。
     
     戦時中の山林の乱伐が被害を大きくしたのだ。この地域一帯を襲った大水害は、戦争で疲れ果てている地域民になお長期間にわたる復興のための過酷な労働を強いた。井手と各田畑に通じる水路が運び去られてしまった向原の農民たちは、翌年の田植え時まで、川をせきとめる巨石や積み上げ作業、砂利や小石運びなどにに労働力を提供した。
     一方、ノブ少年も、戦争中父の勧めで受けた理系高校の理系の授業に悩まされ、劣等感に苛まれ始めていた。(参考『野に生きる・されどその名は画家 和高伸二 1992 晃洋書房)
    ~・~・~・~・~・~・ 


    九月一日(土)雨

     熟睡不出来。雨が降る。吉田紘二郎は嬉しいであろう。明日は休戦条約の調印式である。日本人として忘るる事の出来ぬ調印式。雨が降る。今日はぼんやりしているぞ。午後は森教授の講堂で輸血についての團研修あり。二時半にはすみ、それより一時間ひるね。なにを見てもこれを見てもさっぱりわからず頭はこんがらん。畜生、時間がたたん。 
    犬畜生と一諸の生活も甚だ面白くない。雨が降る。砂糖をなめる。


    九月二日(日)午後雨 起床六時

     今日は愈々停戦条約調印日である。忘れまいぞ、忘れまいぞ、日本人たるものは。
     早くより目がさめる。六時起床。今日も雨を思わせる日。朝食七時である。九時迄、化学、物理をやる。やれば出来るんだ、やらんのだから始末に悪い。外出する者多し。九時過ぎ葉書を書いて外出する。亀山公園を通過し、山口中学、高商の前を通り、本屋に行く。
     海軍軍人らしかった人が多く目に付く。全く町全体、活気を呈し、あらゆる店は開店し人々多し。建設だ建設だ。若者は多いし、力強ささえ感じずには居れなかった。
     足の向く儘にあるく。己は高校に来る迄こんなにのんびりと何の苦痛もなく町を歩いた事が一度で(も)あったか。何か頭の底にこびりつき皆は十分で行く所を己はニ三分で行く有様。皆と一諸にはとても歩く事が出来なかった。将来の不安に対する考えが頭にあり、其の事其の事に没頭する事は不可能であった。何をする標準としても進学という事があまりにも強く支配するといった型のきわめて弱い臆病な種類の人間であった。今日ある為あの五ヶ年特に崇中に入ってからの生活はすべて犠牲にしたという生活であった。順調の者から見ればあまりにも愚かな自分であったろう。取越苦労のみ多い人間であったろう。あらゆる者(物)を正常に復し真に国の為に盡す態度をきめるのは今日をおいてはもうないのである。
     平凡の事でもよい。とことん迄極め自分のものとする(正しく)のが現在の自分であるべきである。これにより過去の自分の散漫たる事を補うより道はないのである。他人よりすれば極めて愚かなことかもしれん。又高校生とは高尚なものを読み、且するのが高校生ではないと思う。平凡の事を全く自分のものとし、(馬鹿げても力を盡す)その上に高尚の事を積むべきである。これ故に己は巻四のリーダーを買った。これはチョイスで見た途端、松山先生が非常になつかしく感じられたので無性に其の本が欲しかった事も手伝うのであるが、根本よりやり直しである。
     本屋に莫大の本が増えつつある。過去の見られなかった本が続々出ている。アサヒグラフ、週刊毎日等々おどろくべき建設である。非常に力強く感じた。其の時其の時は或はすて身的に思うかもしれん。しかし一度大なる所に立って考えると、こんな事は部屋の中の小なる問題で、それよりもまだ大なる問題である勉強も出来るぞと力強く感じつつ帰って来た。
     写真屋は午からという。午より雨の為断念。四時迄午睡。今日は風邪気味である。頭が少々痛い。小人奴等相手にすな。己は己の信念を貫くべきのみ。不安も何も去って唯一筋に信念の徒となりて。しょぼしょぼ雨が降り、コオロギが盛んに鳴く。朝皆より早く目ざめ或は夜中にコオロギの声を聞くと、此の世が無性にわびしくなって来る。それに雨が降る雨の夜、家ではもういろりの火に親しまれる頃であろう。一度家にかえりたい。未だ一週間しかならんのに。来週も頑張るぞ。習った事は悉く自分のものとする覚悟で。



    九月三日(月)雨 起床五時三十分

     風邪気味であるし夕度々目が覚めたので、今日は太鼓の音を聞かず。復今日も雨である。未だ風がのかん。然し雨の日はのんびりしたものである。数学、物理、化学と煙に巻かれて仕舞う。午後も授業。頭がさえず。雨が降る日が自分は一番好きである。調印式が昨日あったという。奴等はさっさと引き上げたという。畜生。雨が降る虫が啼く。
     家にかえりたい。物理、おせどおせどとんと動かん、畜生。虫が啼く。八月八日付の京都よりの葉書及び家よりの手紙今日落手。頭具合は悪い。然し日の早くたつ事よ。
     日々を愚かに暮すな。然しあせるな。少時よりの自分を考えると高校生となるべき資格は全くないのだか。虫が啼く虫が啼く雨が降る真暗い夜。そして虫が啼く。
     風邪の早く去らん事を。


    九月四日(火)雨 起床五時三十分

     今朝も大雨。五時半というに真暗いだけ降っている。すさまじい景色である。一体今日で何日降るというのだ。それでも一晩二晩虫は啼く。心の底より全力を?げて鳴く。わびしい程にくるわしい程に、いたましい程に啼く。啼け啼け、そして雨も降れ。
     物理、数学迷宮入りとはこれか。雨の所為である。今日一日は気抜けした張合いの無い一日である。興の儘に鉛筆で写生。割合よく筆が運び出来は好い。午後は草履作り。漸く並の奴を一足作る。はいた時のうれしさ。此の頃より雨小降り。夕方は全く止んですが(すが)しい所だが、今日は気がくさくさしている。何をする気にもなれんし。又何もしない。虫が盛んに啼く。雨の止める為であろう。己は一体高校生活をする価値ありやと言い度くなる。二年、十日より登校という。然現実を着々処理して行くものこそ最後の勝利者である事を忘れてはならぬ。


    九月五日(水)晴 起床五時三十分

     一人帳幄の外にいる。思わぬ熟睡。のんびりしてよい、これに限る。もうこうなったらねるという事は念頭にあるべからず。如何にして勉強が進むかの一点張りであるべきである。昨日は(と)うってかわっての良い秋日晴。全く十日ぶりに外で点呼をやる。気持良し。実に空は青いし風はさわやかだし。陽は黄色味を帯びトンボ飛び虫啼く叢が何時の間にか秋だ。稲の穂波を見れば胸がときめく。何か心に明るさを覚ゆ。午後、校門の前の大豆畑の草取。一時五十分頃にする。一寸ひるね、北村教授の奥さんの葬儀に参列。心を強く打つものあり。心さみし。夕食後外出すれど本屋休でつかれてかえる。 
     頑張れ頑張れ。


    九月六日(木)晴天 起床五時三十分

     今朝の空の色は真っ赤だ。あの血の色の赤さである。朝より気乗りのしない日。自惚れだ、自惚れが最も悪い。己は駄目だ駄目だと寸分を惜しみ向上するものが結局は天才なのだ。天才は散漫子ではあり得ない。現在現在を処理して行くものである。英語の試験に於いて大失敗を喫す。
     小川教授の言の如し。軍隊関係に伸びんとする奴がすべて高校に来る。いかに競う事の激しいかを身近に感じ責任を感じる。努力せよ。如何なる事態に遭遇するもびくつかぬ努力せよ。
     ああ秋の風が背にしみる午後。むしろ暑い。暑い中にも陽の光の黄色味とおとろえとを感じずには居れない。風が語る。草取、胡麻の葉取り。時間があまるという事はあり得ない筈である。頭に熱が上って来た。双明?双発の畜生が悠々飛びやあがる。


    九月七日(金)晴時々曇 起床五時三十分

     夜明けになり蚊にせめられ、殆ど寝ない。便所に起きたり手拭いをかむり、していると早起床。体がだるい。ねむい。でも朝は気持よし。今頃は猛スプランである。物凄い猛スプランである。
     家と八木中隊長に葉書を出す。今日は体がだるい。数学、博物、化学甚だ面白くない。こんな事では絶対に不可能である。解らんければ解らん程に、嫌なら嫌な程にそれに向かって勇猛果敢に突進すべきである。今日は草取。曇勝ちの日であるが稍蒸し暑い感あり。
     午一寸ねる。午後バックネットの所の草取作業。数十人居る中で数人が仕事するに過ぎん。コオロギが無残にも寝床を奪われて逃げて来る。彼等にとっては我等の現在あるより、より大なる恐怖であろう。否、あきらめて田を求めて行く姿であろうか。一寸した叢と思えど、実に多くの命の生活所であり、生気に満ち溢れたる世界を包みかくしているのだ。一米先の叢の中で根かぎりないているコオロギを聞くと涙ぐましくさえなる。二時半終了。我が陸海軍の損害発表あり。然し気をいためても及ばん事である。勉強一つせん己だ。泣きたくなる。明日は皆かえる、いいなあ。意志を強固たらしめよ。


    九月八日(土)曇 起床五時三十分

     熟睡。朝点呼後草取あり。今日はハイト(ファイト)無し。部屋替えで両寮三室で八人になった。
     湯田温泉に行き暗くなって帰る。邪念を去り実行せよ。


    九月九日(日)雨後曇 起床五時三十分

     部屋は変わったけれど物凄く熟睡。朝目をさますと大雨。未だ暗い。食事当番。
     朝少し問題をつつく。が結局何もせんと同じ。雨が降る。雨の止み間を見て本屋に行く。途中雨が降り合間合間に本屋を歩く。物凄く本を買う。罃燈記、ドイツ語読本、英語、草の上の学校を買い雨にぬれぬれ帰る。旭に寄って写真をとる。何と金不足で直ぐ帰り持って行く。ひるよりかって来た本をよみ、ひるねし食事してよるを迎える。兎に角勉強だ。一も二も希望を持った勉強だ。強者連中が入るらしい。


    九月十日(月)晴 起床五時三十分

     夕おそく迄駄弁ったので朝の睡い事。腹具合悪くふらふら。下痢するので力が抜ける。朝校長の話あり。授業は続けるとのこと。学校は出ても職業にありつけるとは限らん。力をやしなえ素養を高めよという話。体不調の日。五時間ですむ。四時半迄非常なる熟睡。気持の良いこと此の上無し。天国だ。極楽の境地である。時間を利用してすべてを処理し、いざの時にそなえよ。食糧の残るも後少なく心細い事此の上なし。かえりたい。早くおくってもらえればよいが。毎日待つ待つ、心細い毎日となるであろう。他は見るな。己でもげに高校生だからな。ねるのが能ではないぞ。


    九月十一日(火)雨 起床五時三十分

     よくねた。起きて見ると今日も雨。作業(運動場の草刈)中、雨の為中止。草履作。丁度一足作る。雨が降る。食糧要求の葉書投函。
     数学はねる迄てこずらされる。己は頭がすこぶる悪い。あーあーである。


    九月十二日(水)曇 起床五時三十分
     
     早くより目がさめる。早うとうとしているのも気持が良い。数学ぼんやりである。午後の作業は教官の前で草刈り。コオロギが非常に多く飛んで出る。空は曇っている。
     己は夢みていて然も其の実現に努力し、常にそれに進むものこそ己は此の世の中で一番好きである。話を聞いてもこれ程心にうれしい事はない。これ程愉快で気持の好い事はない。
     前七室全員で写真を撮りに行く(第十五章の冒頭に掲載)。五人でとる。竹刀をたのんで置く。今日はくしゃくしゃ。


    九月十三日(木)雨後曇 起床五時三十分
     
     朝っぱちより石中さんに大目玉。一日中不愉快千万。実に不愉快。やけくそ四時半迄ねてしまう。勉強もてんでである。今日も雨だ。プライビツ氏が死去されたそうな。全くハイト(ファイト)無し。熱源尽きたかの如く。家より一向に便もなし。心細い次第である。休みがあるとか言う流説あり。寮長広瀬だ。色々と考えさせられる日。


    九月十四日(金)雨後曇 起床五時三十分

    己は全く頭の働きが鈍い。高校生型では絶対あり得ない。努力あるのみであるが、その努力たるや?あれこれ則を見ると憂うつとなる。努力しなければいけんぞ。何も彼も面白くない。(取り)かからんでほって置くのが一番悪い。今朝大雨。よく雨が降る。副幹事をして名前が出て居た。とんでも無い。又今日も午睡。然し皆よく勉強するな。家にかえりたい。兎に角勉強だ。雑念を去れ。
    砂糖の事であれやこれやもめる事更なり。己はどうしてこんなに頭の働きが鈍重なのかな。家より手紙も一切来ん。食糧ひっぱくして心細いかぎり。努力、努力し、明日はなんとか便あるべきものを。虫が鳴く。努力。頭が一段とおとって鈍い。己は頭が鈍い。家より便、兵糧無し。


    九月十五日 雨後晴 起床五時三十分

     幹事任命式有り。午後、團研修 蕎麦屋の職人について満井教授の講義あり。
     夕方、湯田の風呂に行きゆっくりする。


    九月十六日 曇後雨 起床六時

     今朝の起床六時でも随分ねむい。解らん、数学一向に・・・山崎と本屋に行く。
     全くくたびれた。新聞の記事甚だしく面白くない。ひるねする。家より便更に無し。
     己は頭が悪い。皆その瞬間に解を得る問題が十日たった今日でも未だわからんといった頭の構造。希望も何もない。苦の毎日である。なやましい毎日である。今夜は大雨だ。降れ降れ、世界をおし流す迄。


    九月十七日(月)雨大風 起床五時

     頭の悪いのがつくづくなさけない。物凄い大雨。風も相当荒れる。家と京都より同時に便あり。胸の小躍りするを覚える。ああ然し頭が悪い。今迄、散漫児たりしこと悔まれて致し方がないが、これも過ぎた事。何一つ出来そうにない。外は大雨、大風。寮長より全員ビンタをやられ廊下に正座。実になさけない奴が居る事だ。電燈消え点呼なし。十二時頃までであろう、しゃべった。
     副幹事としての自分。自分の人格、責任、滅入るばかりに辛い。一刻の寸余もおしみ人格の淘汰だ。そして今になって己の信念がゆらぐような事では駄目だぞ。たかが一人や二人の言で。



    九月十八日(火)雨後曇 起床五時半

     夕駄弁ったので今朝は頭がぼんやり。又、此の大雨。木が倒れ、屋根が飛ぶすさまじい嵐の後の静けさ。それにしても秋だ。虫の声がわびしい。朝夕冷える。数学的の頭全然虚無。全く白紙。積め修練を。今日も一足草履を作る。割合上手に出来た。
     講堂で兵團の合同慰霊祭あり。午後雨が止み秋の空が見えたりした。稲の穂並が美しく感じられる今日であった。虫の音がわびしい今日であった。又夕食後色々の談合有り。人格の完成、これだ。二十三日はかえりたいなあ。家より食糧は来んかなあ。


    九月十九日(水)晴天 起床五時半

     嵐の後の静かな霧の立ち込めた最も気持の良い朝。秋だ。空気が甘い。土の足ざわりが冷たい位。掃除に力が入る位寒さを感じる。空虚な一日。朝の日向の気持良さ。なんとも言えん。数学愈々さっぱり。午後の作業。空は晴れ風は秋風。心も身も勇み立つばかりの爽快を覚ゆ。近頃で一番気持の良い日。然し心のくもりは一段とつのるばかり。家よりの援兵日に日に待つばかり也。頭の悪さ痛感せざるを得ず。
     本線不通という。ああかえり度い。家よりの援兵を待つ事しきり也。空虚の一日。不安の一日。頭が悪い故。外は月煌々なり。今より二時間の長い事。ああかえりたい。日記を繰返しよむ。己は頭が悪い。


    九月二十日(木)晴天 起床五時半

     よくねて候。相変らずねむいが秋の気持の良い朝。秋々、秋に限る。ふと家の事が思われる。
     化学サッパリダ。小川サンハ面白イ人デアル。己ハコンナ夢ノアル人ガ一番スキデアル。ハダシデ秋ノ土ヲフミシメ秋ノ陽ヲ受ケ、秋ノ風ヲ受ケテ作業スルト気ガ長クナル。草の間ニモ秋ガオトズレタ気持ノ晴レバレスル日中デアル。一番季候ノヨイ時デアル。久しブリ聡?合体操アリ。秋ノ風深イ運動場デ手足ヲ伸バス。ヨイデハナイカ。空気ハスミ秋ハ身近ニアリ。物理一問ノ為不愉快タリシモ夜ニ漸ク解得テサッパリシタ。
     夕食後秋草ノ校庭デ寮歌ノ練習。鴻ノ峯ヲ仰ギコンナ生活ヲスルトハ夢ニモ思ワナカッタ。我ヲ忘レル瞬間デアル。高校ニノミ味ワワレル所デアル。
     休ガ三日ツヅクと思ったがこれも駄目。家より援兵到着せず。ファイトナシである。己は頭が悪い。Bの悠々と空を飛び居る。己は頭が悪イ。虫ガ啼キ明月皓皓タリ。


    九月二十一日(金)曇後雨 起床五時半

     夢を見て居ったら太鼓の音。すわとばかり飛び起きる。やはり秋の朝は良い。今日は曇だな。朝草取り。ファイト無し。ひるよりの体操、思う存分何も忘れて籠球というものをやる。こんな心でやった事がかつてあるであろうか。丁度夕飯の時服の寸法を測って貰う。ああ家より音沙汰無しでファイト無し、ぶらぶらしている。マラソンに出る事に決定。頑張るぞ。今日も雨が降る。二日休みがあるというので、大悦で旅行願書けど、これもおじゃん。面白くねー。家より音沙汰無し、あー、である。選手に出るというのも、己の中学校時代は実にそくばくされていたので今取り返す積りである。有意義に運動し勉強せん。先ず第一は勉強だ。運動の選手なる故、勉強出来んという事は絶対にあり得ないと信ずる。


    九月二十二日(土)曇後雨

     今日も天候が思わしくなく午前中も雨だ。かえれるもくそもない。山陽線は後一週間不通だから、これでは手紙も食糧もあてにするのが間違い。もう此の月は絶望だ。ああファイト全く無し。前途暗澹、それに頭が悪いと来ているので益々神経衰弱である。授業ひる迄。なんとなくのんびり。午後の寮は実に静か、ひっそりしたものだ。皆勇んで帰る。羨ましい事甚だしい。いいなあ。杉岡が会いに来る。自らファイトマンと名乗る所の男也。彼の言よりしてもすべて兄ちゃんの日々の一挙手一投足がすべて自分にむすばれて居たと思うと涙が出るようだ。己は今日あるは全て兄ちゃんのお蔭。その為、どれ程苦労をかけた事かと思うと断腸の思い。実に苦難の道。日々の苦難、それはすべて己が作ったようなものである。それに己が今の状態で何の申訳あるや。己は罪の人間だ、悪魔だ。胸よりあついものがこみ上げて来る。誰がこんな寮に好んで残るものか。己は全く千万の罪に値する不梯の徒である。あせらず着実に倦まず最後をめざして進むのだ。己は全くの散漫児、徹底的の鈍才なんだから、誰か自由に語り自由にさらけ出す事の出来る人が欲しい。然し同室でさえ此の有様。ひるねは気持良し。外は大雨が降る。さみしい、己は物凄くさみしい。山野を見ても風を見ても部屋に居ても。然し孤独を愛する吉田紘二郎の如くあれ。頼りとするは結局自分以外には無いのである。誰でも美点のみが心を刺激するものである。そんな事は問題ではあり得ない。人格の錬成だ。思索の錬成だ。真人間だ。真人格を有する人間である。度量も又極度に要求される。外は闇。雨の音。うれしい、又さみしい。虫が啼く。一週間は復も望み得ない状態にある今日程心細い事はない。米を噛る。早く点呼がすめばよいと思う。


    九月二十三日(日)雨後晴 秋期皇霊祭

     六時起床。今朝は雨だ。朝飯を食べると直ぐ九時迄ねて仕舞う。頭をぶたれた如く感ずる。寮は静か。秋だ。何時の間にか空は晴れ美しい秋の空。なんとなくわびしい感がする。ひるより本通りに出る。英語の辞書を買う。落葉せんとする畔道を風に吹かれてかえる。柿が食べたい。秋が一番身に沁みる。陽は黄色味を帯びる。いなごは飛ぶ田舎道を自転車で高中に通いし頃が思い出されて致し方無い。本線途絶なので手葉書も小包も待つのを断念した。だらだらした一日。食べる事ばかり考える。本当にそれさえ解決して呉れたら鉄壁なんだか。愈本格的にやるぞ。
     裏の柿の木なつめの木、いも、ぼーふら、なつかしいなあ。思う存分食べたいなあ。過日に秋の道を行く。


    九月二十四日(月)晴 起床五時半

     今朝も霧立ち込めて秋の朝。彼岸花にしっとりと露して。順次に頭を練成し小さい事より訓練し考えるということを漸次加えて行け。これこそ最大急務也。
     数学六時限目にあり。頭がモサーッとする。物理は負けずに頑張れ。己の最大限度、頑張れ。人が出来る事が己に出来ん事はぜったいあり得ぬ。対寮マッチの練習の為、飯前四人で湯田大橋迄六粁(キロ)位走る。好調好調、戻って(麦の)粉や豆やごちそうになり満腹す。校外に出るのも悪くない。海兵の奴が願書を取りに来居った。畜生。なんと気持の良い今頃であろう。新聞にて八・十五事件を知る。何も彼もぼろばかり出て居る。鉄道の被害物凄く手のつけようもないらしい。手紙も何も来たものではない。明後日砂糖の配給ありという。うれしや。早く交通、連絡がつけばよいのに。


    九月二十五日(火)晴 起床五時半

     早くより目がさめる。何と気持の良い朝ぞ。霧深し。朝日輝く鴻ノ峯上空で烏が乱舞している。胸のとどろくのを覚える。朝だ。ああ秋の早朝虫は啼く。大気を吸え。朝二時間気持の良い朝日をあびて采?の種播作業。少し働くとあつい位。学校の前の畑全部に植える。兵隊がへるらしい。数学独逸語わからんぞ。全校体操気持良し。
     六時限目より控所の所の便所の掃除物凄く汚いのにおどろく。すんで湯田迄マラソン。
    今日は風呂に入って愈々と歩いてかえる。気持良いぞ。足が痛。各寮ともに猛ファイト。物凄い位の頑張り。勉強の時間迄投げすてて。今日も海兵隊士の奴が願書を取りに来る。気が悪い。何か心が上の空で落着かん。己の欠点は勉学と平素が別々の事である。其の場でおぼえん事である。さ(?)さけない物理を思うと憂うつになる。何もかもユーウツ千万である。くれの鴻ノ峯は良いぞ。げに己の頭はなんと石頭。


    九月二十六日(水)曇 起床五時半

     毎朝の如く何と気持の良い事。うす暗い中におき、うす暗い中に点呼。東天が赤い。霧が立つ。秋?何と魅力のある言葉であろう。今日は足が痛い。森さんの博物のひがい、花の園困って仕舞う。独逸語大分骨があるようだ。午後は二時間防空壕の掘りおこし作業。秋草の中でやる。直ぐ湯田迄走る。今日はものすごく足が痛い。かえってねむい。何も手につかん。砂糖、待望の砂糖の配給あり。思う存分なめ思う存分八時すぎ迄ねる。ああいい気持であった。すべて悲観的にとるな。がんばれ、がんばれ。


    九月二十七日(木)雨 起床五時三十分

     今朝おきて見ると大雨。困ったものだ。又これで鉄道工事がおくれる。困った事である。よくもまあ降るものである。手紙、補給全く見込み無し。今日雨でマラソンも中止。少し足が痛い。散漫児たりし事、今になって応える。兎に角やる事である。


    九月二十八日(金)晴 起床五時三十分

     夕大雨であったが、今朝は又霧の深い朝。暗い中、裏の通りで草を刈るものあり。気持が良いなあ。朝日が照る。秋の朝日が霧の朝より。又今日も援単化学さっぱりわからん。毎時間である。家より依然として便無し。無いはずではあるが。砂糖殆ど全部なめたり。後であれこれ思うばかりである。困った人間である。博物班研修の為マラソンが出来ず。夕食は会食、面白い事。ストームで分れる。猛ストーム。こんな愉快は高校ならでは味わえず。あ~~~~
     家より便無きのが、勉学の前途多難を思わせる。

    注 ストーム:戦前日本の旧制高等学校や大学予科、旧制専門学校などの学生寮において学生が集団で行う蛮行のこと


    九月二十九日(土)晴 起床五時三十分

     今朝も気持の良い朝。代表で歩いて神社参拝。もくせいの香に驚く。彼岸花の多い事。栽培した如し。物理が解らんのに往生する。苦悩の種である。一大苦悩。総てを悲観的に導く原因は正にこれである。三時限目より歴史的精神と新日本の建設についてと題し九大文学部長の講演あり。
     何といい天気。気分がはればれ。家に居たら柿の木に登って居る事は必然だが。ああ、砂糖もすっかりなめ盡したし、皆はよろこび家に帰るし、頭は悪いし、畜生。映画くらま天狗を見に行く。甚だしく気分を害する。映画なんぞ滅多に見るものでは無い。
     愈々補給つくと考えた 多少今日あたり手紙だけでもと期待したが芸備線不通と聞きがくぜん前途暗し。畜生。頭は悪いし条件は全く悪し。何時迄我慢すべきや。皆が羨ましい。
     好んで家より遠くに出たのが悪いと言えばそれ迄の事。頭は悪いし。


    九月三十日(日)曇後雨 起床六時

     今日程無意味の日は無い。全く無意味よりむしろマイナスである。よくもだらだらしたものだ。数学、物理ろくも出来もせんくせに極度の堕落である。ねむくもないのにねる。
     精神の無い人間なら未だしも。午より薬を買いに行けど無く、本も無く、写真も未だ出来て居らず。がっかり。ぐづりぐづりで夕食。雨が降る。
     家より何ともいってこん。全くうんともすんとも言って来ん。ああ、どうでもなれ。来週の対寮マッチで己は伸びて仕舞うぞ。熱源がなくては話にならん。ふらふらである。それにひきかえ同室でも家にかえるものはいいなあ。こんな味はしらんであろう。つらい、つらい。明日こそは待つが駄目だぞ。思うとたまらん気がする。
     大和の沈没状況が新聞にのって居る。あの一番上迄上ったことがあるのだが。流石に強いなあ。日本の戦艦だけある。然し惜しいなあ。
     早く早く一日も早く来らん事を。これで二週間(家からの食糧を)待つ事になる。来週が思いやられる。

    第十五章 指導者の熱(1945年8月)

    「徹底抗戦」の真実

      
     戦争末期まで、日本の指導者達は、あくまで本土での徹底抗戦に叫んでいたと思われていたが、早い時期から敗戦を覚悟し、早期講和を模索していたという。

     一九四五年二月に行われた英・米・ソのヤルタ会議では、戦後処理について話し合われたが、その中で、七月までに日本が降伏しなければ、日ソ中立条約を無効にして参戦することをソ連は密約していた。驚くべきことに、その情報が、ベルン海軍駐在武官の極秘電報を通じて日本の大本営に入っていた。  

     五月十一日の鈴木首相、東郷外務大臣、阿南陸軍大臣、米内海軍大臣ら、秘密のトップ六人会議でも、早期講和が模索された。本土決戦でアメリカ軍に一撃加えてから、有利な条件で講和に持ち込むという案が陸・海軍から、満州からの撤退などの譲歩を見せながらソ連に仲介を頼んで、という案が外務省側から出ている。その際に軍は、外務大臣や首相にはソ連の参戦のことは知らせなかった。外務省の方でも軍の情報収集力を侮っていた。

      アメリカの大統領はルーズベルトからトルーマンに代わり、五月のドイツ降伏の翌日、日本に無条件降伏をつきつけた。六月、アメリカ側では、ソ連に脅威を感じ、参戦させないためにも、早めに降服させようと、天皇制維持の条件を日本側に伝えようとしていた。 この貴重な情報も、スイスの海軍駐在武官が極秘につかんでいた。

     ここで、早期講和に向けて、ソ連に頼ることなしにアメリカと直接交渉するという案が浮上する。しかし、外務省も海軍省も、スイスのルートなど信用できないなどとしてこの案を一蹴、講和への大きなチャンスを逃す。

     艦隊に加えて、支那総軍も弱体化していた。本土部隊とともに本土での一撃を加えるはずの支那総軍の弱体化は、天皇に上奏されて、六月二十二日御前会議が召集される。しかし、ここでも早期講和という軍側の本音は明かされない。ソ連参戦の情報とともに、軍の実情も明かされていれば、少なくとも広島、長崎の原爆投下は防げたのではないかと識者はいう。なぜされなかったか?敗戦も講和もないと突っ走り、本土での徹底抗戦いう、いわば建前のために、陸軍はふせておきたかったのではないか、と専門家は指摘する。

     主戦派に遠慮して何の譲歩も示せずに、政府はソ連に絶望的な特使の打診をし、突っぱねられる。最後の時間が空費された。スターリンはポツダムに出発する。

     七月十六日、アメリカはニューメキシコ州での原爆実験に成功。二十六日、ポツダム宣言。八月六日、広島に原爆投下、九日、ソ連満州に侵攻、九日、長崎に原爆投下。

     八月十五日、日本は無条件降服をする。日本人の死者、約三百十万人、そのうち三月から四月の死者約二十万人、四月のアメリカ軍の沖縄上陸に始まる沖縄戦の死者約十八万人(軍人含む)、広島約十四万人、長崎約七万人。抑留者は約五〇万人。

     空襲、ソ連抑留、原爆と犠牲者は六十万人に上り、最後の三か月に集中している。また、多くのアジアの人々が犠牲になった。今もさまざまな問題の尾をひきながら、第二次世界大戦は終わった。
    (参考:NHKスペシャル「終戦 なぜ早くきめられなかったのか」2012.8.15放送、他)
     

     ※※


     私はこれらの事実が闇に葬られることなく、明らかにされて本当によかったと思う。戦争を始めたのもそうであったが、敗戦は明白なのに、なぜ類を見ないほどの犠牲者を出すまで戦争を続けたのか、残念であると同時にずっと疑問に思っていた。
     関係国が寸前まで駆け引きをし、日本に不利に働いた点もあったと思うが、やはり国の命運を背負った指導者たちの責任であると思う。
     「指導者たちの熱がなかったのだ」。十九歳の著者は三十一日の日記でこの戦争をふりかえっている。もちろん、父はこのような客観的な事実を最後まで知らなかったが、この時すでに本質を察知していた。
     国の指導者たちが、自分たちに都合の悪い「事実にふたをし」、知る権利のあることを知らされない国民が、漠然とした「憤りやあきらめ」を覚えるという風潮は、戦争を直接知らない私たちの、私自身の無意識下に刷り込まれている気がする。また、先人たちの過ちは、私たちが難しい選択や決定をしなければならないような時にも、影を落としてきたかもしれない。だからこそ、歴史を正しく知らなければならないと感じる。
     この戦争全般を通して感じたのは、指導者たちはいつもプライドや保身を優先し、すぐれた情報収集能力も活用されず、交渉すべき相手にもぶつかっていかず、時間を空費していった。一歩ふみこえて国民を救うという本来の職責の方に、なりふりかまわず、愚かしくても何でもいいから踏み出してほしかった。(ブログ編者)

     
    ※※


     120906_1547~01

    山口高校は、県下最古の高校の一つであり、数多くの政治家を輩出した
    二〇〇六年度末までスーパーサイエンススクール指定校であった
    (前列右が著者)



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     当時の授業の一コマ

     

    八月一日(水)晴天 起床五時半

     

     夕もなかなかねつかれず。のみはせめるし、毎朝の様にくたくた。朝の駈足が非常に苦しい。こんな苦ではなかったんだが。矢張り朝早いのは気持良し。空は美しい。

    物理、生物あり。物理やれば面白いんだ。生物試験あれど、間違ってかえるの図を書いて大失敗。十二時迄除草作業。米澤先生初めて顔を出される。余程やかましい人らしい。午後は山に行き、薪運び、上るのに苦しい。然し、山は良い。ひんやりする冷気、身に迫れり。三時半解散。今日の氷は美味しかった。

    己は十七だという声を聞き考えた。己はニ十才だ。なんでこんなちんぴらを相手に出来ようぞ。明日召される身かもしれん時間のある限りゆるすかぎり学び取る、これこそ一大急務也。特有の境地がここに開けるんだ。その果や期して待つべきである。やるぞ。一時の猶予もあってはならん。

    今日も速達が来ず。未だつかんのかなあ。心配だ。蝉が啼く。あつかった日。今日も明日も頑張れだ。

     

     

    八月二日(木)晴天 起床五時半

     

     夕、物凄いBの爆音に目をさまし、服を着る。二度もやって来る。うなる様な音。お蔭で今朝も相変わらず便所の掃除。八時より金川某(が)特攻幹入隊の壮行式が誓幹堂にてあり。次いで午前中授業無し。小麦を小束に束ねる作業。(卒業生の)兄の結晶の麦と思えば手がはずむ。涼しい風が吹き気持良し。午後は脱穀。干したり入れたりに体が痒い。今日はオカグラ(神楽)とかでマンヂュー五個有り。家より手紙来る。速達は未だ。おそいな。

     夏だからあつい。東京よりとて一人来る。何時、一年は来るのかな。考える事多い日。

     

     

    八月三日(金)曇時々雨風強シ 起床五時半

     

     夕は風が強かった。ねられん位強かった。こちらに来て以来ねつきが早く、しかも熟睡出来た日は一日も無い。困った事である。朝の駈足の時、丸太を担いで帰る。今日は一日中スプランで弱る。こんなに?しい事は無い。何一つ手につかん。申訳無い事である。

     化学二時間であるのに一時間ですむ。かえって午ね。風強く雨は横なぐりに降る。家より葉書。速達が来んのでがっかりだ。一体どうしたんであろう。中国新聞も見た。戦局は依然として暗澹だ。作業は控所で今日も脱穀作業。手にマメが出来た。風は強い。二俵位、今日はとれた。たいしたものである。体がかゆいので風呂に入る。一年が愈々十二日に入って来る。待望の十二日である。何時かは休み、帰りたい。然し出来ん事である。

     兎に角、自己の独自の道を啓く事にありたけの力を盡し度い。邪悪は去れ。明日こそ速達が来ればよいが。

     

     

    八月四日 曇時々雨 起床五時半

     

     生物、数学有り。午前中午後も脱穀作業。風強く、夕方が来る。二時に作業終り。小説を図書館より借りて来て読む。明日、内修日で皆帰省する。夕食後、本屋に行けど皆休。がっかりして帰る。米澤先生が部屋に来られる。手紙を書く。

     

     

    八月五日(日)晴天 起床五時半

     

     今日も同じく五時半起床。駈足、丸太担ぎ有り。内修日というに便所の掃除。手でごしごしする。朝飯後、夕ねて居らんのでねてしまう。おきたら十一時。

     三田尻に野菜を運ぶというので南京を門の所に運ぶ。かえって見ると、速達が来て居る。嬉しかった。早速手紙を出す。昼飯後も四時半迄ねてしまう。

     今日は体が実にだるいんだ。頭が馬鹿になる程。夕食後、裁縫する。あついので出る気になれん。飛行機が盛んに飛ぶ。

     猛烈にやる時はやる。やらん時は全然やらんでは全く意味無しだ。不断の努力あって然るべきである。

     あれやこれや昔の事が偲ばれる。畜生、心をかき乱す。

     

     

    八月六日(月)晴天 起床五時半 広島市に原爆投下

     

     夕ねる時になり空襲宇部を集中攻撃中と情報がどしどし入る。破裂音が応える。午ねたのにしては割合良くねむれた。五時半におきる。起床は六時すぎて居た。駈足無し。今日は食事当番。数学、博物あり。今日も脱穀作業。転出証明を出す。午後も同じ。今日もあつい事。氷旨し。三時に終り、本紛出で問題になっている。食事迄、足の爪のはげた薬を買いに行く。漸く有り。

     今日の夕食は雑炊。三杯、汗だくだくである。今日も頭痛し。丸川のおばさん、帰られるとの事。今日もむしゃくしゃである。困ったぞ。げに、己も高校生だからな。

     

     

    八月七日(火)晴天 起床五時半

     

     こちらに来て以来初めて熟睡。駈足苦しい。何もする気になれず化学、先生来ず。ねむったりぶらぶらしている。英語も無し。体操だ。太陽の光が体に痛い

    とことん迄またはれた。体足が痛い痛い。体は水を浴びた様な汗。本当に練成期間が気にかかる。次いで麦たたき。水槽の満水。空襲が長く続く、午後も同じ。

     三時半にすむ。もう何もする気になれん。これが高校生としての生活かと思うと疑わしくなって来る。こんは筈ではなかったのに。小説を読み、午睡をしに来た己では無いのだ広島がやられ被害莫大だという。困ったことだ。新聞がよめず猶困る

     京都よりは全然便無し。これ又困った事だ。明日は一時限目より体操という。これ又一層困って仕舞う。ここは一体高校なのか。己は一体高校生なのか?

     わからんな こんな筈ではなかったんだがな。

     


      

    八月八日(水)晴天 起床五時半 ソ連侵攻

     

     今朝のねむい事。体がくたくただ。駈足相変わらず苦しいどうしたんであろう。

    七時半より講堂で大詔奉読式有り。一時限体操。あのあつい日の本、半伸びに近い。汗一しぼり。体がめりめりと痛い。右腕が夕より物凄く痛んで体具合が甚だ不調。なさけない事。午前脱穀中、B29あの青空を体をきらめかし、幾編隊も幾編隊も何百機といい過ぎて行く。口惜しなさけない。

     午後も脱穀、二時にすむ。右腕が痛い。足もなおらんし、今日も小説読み

     高校生活、根底よりあやしくなって来た。戦局は斯くの如しだし。どうしよう。何が一体高校生の生活の意義であるか?さっぱりわからん。今日も無意味か

     

     

    八月九日(木)起床五時半 長崎市に原爆投下

     

     高校生活とは一体何か、又何をすべきか?己の如くのんべんだらりと暮して居て一体高校生としての資格ありや?と思う事。心の中に冷やりと触る事有り。前の一週間は或程、或は張切っていたかも知れぬ。然し、此の週たる如くに復あの小倉の如き現象生活に帰りつつある事をなさけないとか何とかそんなことではない、空虚そのものである

     更に又戦局を考えると息のつまる思いがする。丸川のおばさんの話では広島は全滅というではないか。白島、己斐も八丁堀も人員の損害大なりとか。或は己の知っている人で多くやられているかも知れん。何百機と上空を通過するのに、みすみす眺めんければならんのだから猶口惜しい。畜生のがきの其の一更に一段上である。

     ねむい事。小倉の時と同現象が来つつある事は一体何を意味するか。

     駈足、掃除形の如く有り。化学、英語の途中で空襲で寮の裏に退避。十一時半迄退避。今日は午睡する。午後三時半迄脱穀作業。相変らず暑い。今日は山口県西部がやられたらしい。家に帰る可き術も無いし。此処でうつろな生活を続けるより他に方法無し。又、十三日より練成だと言うし、これだけ考えても厭になる。

     食前食事後時間を如何にすべきかを苦しむようなわけだから。京都よりも家よりも一向に便無し。

     あの夕の感激のストームの後、長南教授より聞けり。日ソ交戦状態に入れりと胸つまり、息止むの思い、来るべきものは来た。愈々出陣だ・・・・・・・

     

     

    八月十日(金)晴天 起床五時半

     

     ストームであばれた所為か夢ばかり見て、朝になりねむい。七時半より新寮、東寮の草刈り。今日もあつい。ついで中の掃除。汚い事おびただしい。畳を出したります?午前中十一時に済む。ひるねをする。一時半より又、畳たたき。北寮も自分の部屋も。へとへとである。愈々明後日は入学式だ。

     広島の被害状況を新聞で見て血がたぎる思い。中丸も綱島もわからんぞ。こんな事で一体勝てるのかな

     時局も時局だが、己の生活も己の生活だ。困った者、亡霊者としての生活。何もかも畜生。

     夕食の五つのパンはうれしかった。あゝ広島が気にかかる。この分ではかえれんかもしれん。

     西の空の夕焼空が美しい。然し現実はもっと苛烈。もっと身に迫っているのだ。興きどころの話しではない。何時召される身かも知れん。

     

     

    八月十一日(土)晴天 起床六時

     

     夕一時頃空襲で舎外退避。敵、頭上を飛ぶ。しょう明弾投下(夜間に目標を照明し観測するために使用する砲弾。各種火器で上空に打ち上げられるか、航空機から投下され、パラシュートで降下しながら数分間周囲を照射する)。故に今朝は六時半起床。一時間目物理、二時限独語中、空襲退避。午迄、西寮の草取。ひるねす。夕立ちす。西寮廊下下掃き。菖寮掃除。三時半頃、新入生がぼつぼつ入って来る。ごつい奴も。夕方本屋に行けど駄目。三人で粉を食う。経専も来ている。今夜はねむれんかもしれん。家より更に便無し。京都よりは一度として無し。明日は入学式。

     

     

    八月十二日(日)晴 起床五時

     

     男の本懐 高校入学式。感多くして言葉出ず。

     新しい新寮五名入る事になれり。兎に角何も言いたくない。

     

     

    八月十三日(月)晴天 起床五時

     

     ああゆうべはよくねた。駈足・米澤先生の話。分隊長任命さる。校庭で教練。大国部隊の将校 下士官下る。不動の姿勢及敬礼、あついのなんの・・・

     体操今度はらくである。食事後ツベルクリン注射。氷を買いに行き、後、銃剣道。こいつには全く伸びた。汗一しぼり。今日は間食(の氷の分の)の汗あり。

    一室でしゃべる。今日で一日もすんだ。

     

     

    八月十四日(火)晴天 起床五時

     

    ねむいねむい。内藤教授の古代の倫理の成立につき講義あり。教練は空襲で中途でやめる。体操も同じ。暑い暑い。斬り込みあり。手が二所むげた。新入生歓迎コンパあり。一室でくちゃくちゃしゃべる。面白くねー。こんなの。そうそう月は明るい。今夜は盆だ。おじいさんの初盆だ。過去の事を色々思い出してもしょうがない。

    戦局はこんな事はゆるさんぞ。それでないかえる事さえゆるされぬ現在ではないか。これが高校生活の現在だ。去年も同じであった。

    おじいさんのめいふくを祈り、又なんでもやれば出来る信念で貫き、おじいさんの霊にわかう事が自分の任務也。

     

     

    八月十五日(水)晴天 起床五時半 無条件降伏、終戦

     

     夕も空襲で退避。今朝は起床がおそし。高橋教授の石炭石油に於いての話有り。教練後、日本敗れたりをラジオで耳にしようとは。医務室につめかけた。

    遂に日本屈服せり。遂に破れたり。何たる事。神州不滅はどこに存するか。必勝の信念は一体何奈?にあったか。特攻隊・ラバウル・ガダルカナル・ビルマ・沖縄・ウッツ島の勇士に何として応うる可きぞ。我等明日の日もいざ知らずである。白人ののさばる姿を目の前に拝まねばならなくなったら一体どうする。ああ遂に屈したり。三千年の歴史に何と応うべし。

    神州不敵とは何ぞ。然しああーーーーーーーーーーーーーーーーー

    悲憤の極也。何と言う事。不可能、心臓の止る思い也

    夜、四国宣言(ポツダム宣言)受諾の号外手にして心身共に震えたり。科学、化学に負けた戦争だ。四国の中に支那の名前を見ようとは。なかなかねつかれず。 

     

     

    八月十六日(金)晴天 起床五時半

     

     敗戦日二日を迎えたり。夢ではなくして現実たり。胸の晴れない日。マックアーサーが近く来るとは、これまた胸の中ひきさけるばかり。白人の世の中になってしまった。彼の国の軍隊も進駐するであろう。二十年の生甲斐なさを感じる。

     「御民われ生るしるしあり 天地のさかゆる時にあへらく思えば」此の詩の根本的にあやしくなって来た感がする。我々の前途は実に多難である。あらゆる妨害がある。苦の生を貫かねばならん。我が国に生を稟けた事さえ根本がぐらついて来る。

     蕎麦の話について満井教授の講義有り。教練のあつく長い事。今日という今日こそは体がだるい。ねむい事格別の日。ひるより体操の時間は丸太を車で運びに行く。暑い日。重いのにかついで帰る。

     つづいて斬り込みの柔道当身と習う。

     高校生活こそは、高校生としての特権を与えられたものこそはと、ひそかに心に期する事ありしに、ここに来て見て別の反面のあさましさか何というかそういったものを見せつけられて又無茶苦茶。人を相手にするが故だ。何處でも同じだ。なんだ、このちびめ。己はニ十才だぞ。家よりも京都よりも更に便無し。一体どうしたというんだ。一通位あってもよさそうなものに。毎日毎日が待ち遠しい。畜生、ちんぴら等に絶対ひけは取らんぞ。今に見て居れ畜生。便はないかなあ。

     

     

    八月十七日(金)晴 起床五時半

     

     相変わらず戦敗の夜明けたり。朝の太陽血の如く赤くあり。勇士の血に似たり。畜生だ。体の力がぬけた。一時限体操、つづいて教練の基本体操あり。体だるし。

     十時より山に薪を採りに全員行く。丸太を三本担いで帰る。山の気が迫る。山は好いナ。

     一時前。今日もあつい。午後チブスの予防注射あり。草履作りで三時半にやめる。お蔭で今日はのど痛く体だるく熱あり。困ったもの。今日も間食あり。紙鉛筆の配給有り。東久爾宮が総理大臣か。新聞を見ると胸が痛いから見ん方がよい。愈々苦しくなるであろう。

     待てど待てど便無し。京都よりは一度もないんだから猶心配。一体どうしたんであろう。十九日かえりたいがかえられない事勿論。暮れ行く?ノ峯、双子山は敗戦をかたらず沈黙せり。コオロギ啼き居る。明日こそは便来らん。

     

     

    八月十八日(土)晴天 起床五時半

     

     最後の練成の日。今日は朝より体の嫌悪を覚ゆ。小川教授の山口の沿革史について講義あり。次いで体操、最も体だるし。午の時間、五体痛く喉痛く容易ならざる兆候あり。おきるのに一決心用いるといった状態。注射が応えたのだ。無理をして最後だからと思って作業に出る。ああ、つらいつらい。腰が思わず地べたにへたばりつく。二時過ぎ空真暗になり夕立ち来る。ああ気分が爽快になりそうだが、遂にふるえつき意識不明といふ程へたばり込む。手足のやり所なく熱にうなされる。こんなにつらい事は又とない。畜生畜生。家に葉書を出す。

     

     

    八月十九日(日)晴天 

     

     夕は蚊にかぶられ熱にうなされ、実に苦しい夜明けの待たるる一夜であった。月は皓皓と冴えていた。あたかも同室者のつめたい心の如き。己は何時でも運が悪い。同室者は今迄誰一人として気の合った者と入った事がない。獣の如き者とばかり。ニ十才(数えで)の自分が十七、八才の奴に愚ろうされるのが一番辛い。畜生、今に見て居れ。考え方によっては彼等は実にあわれむべき境地にあるのではあるが。自重、自重。

     朝点呼(に)出ん。朝飯も昼飯も運んで貰う。歩く元気更に無し。目が廻って前は真暗といった状態だ。なんの因果で斯くくるしまねばならんのかと思うとやせた自分が一段やせる思がする。外はよい天気、初秋だ。風は爽やか、虫の声は敗戦を知らざる如く。一つの芸術だ。美しいよ、啼け啼け、身も心もさけるばかり啼け

     三時に少しよくなり床を明ける。然し依然喉は痛く頭は熱の為ふらふらで、何かわりきれんものがある。今日は内修日で実に静かだ。ああ家に帰りたい。こんな野獣と一諸には暮し度く無い。何故も少し人の心が温かくならんものかなあと思う。

     兎に角今日一日は無意味な日。明日の健康を祈るや切。

     

     

    八月二十日(月)晴天 起床五時半

     

     夕はねつかれず困った。度々目がさめる。今朝も頭が岔々と痛い。体も痛い。体操でさえだるい。目は猛烈に痛い。朝の掃除は休む。七時より山林作業、無理して出る。冷々と身に迫る奥深い山林の霊気。緑したたるばかりの木の葉。その中にゴーゴーと、或はさらさらと、或はあるかなきかの谷川の声を聞く。朝露を踏む。体の中の病魔は一時に霧散して仕舞った。矢張り己は山の子だ。三度木を運ぶ。防府より一年かえる。彼等の又景気の好い事。全く高校生らしくなっていやあがる。帰校式有り。後、チブス予防注射。己はやらん。奇特な奴、砂糖袋を投げて行って呉れた奴がいる。有難く頂戴。ああ美味かった。後草取作業。

     夕立ち来そうで逃げた。飛行艇悠々と行く。防府に行った奴は皆帰る。羨ましいなあ。全く、二年も二十四日迄とか。ああ畜生と言い度くなる。部屋にかえればろくでもない慾の塊の様な奴ばかり居りやがる。こんななさけない事はない。しかし此処を自分に与えられた苦難だと思って切り啓けよ。他を見るから不平不満がある。じっと沈黙して歌の如く凛山霊を友として居れば天下晴れて、である。二十五、二十六日は内修日だと発表される。早速かえろう。断じて帰ろう。久しぶりに風呂に行く、せいせいする。軍艦(あの己たちの手になった特々も)武器は引渡し、敵兵又進駐すると言う。思っただけでも胸くそが悪い。畜生野郎。敗戦のみぢめさよ。己の頭は全く石頭だ。今になってさっぱり何が何やらさっぱり分らなくなって仕舞った。唯ぼんやりとしているだけだ、なさけない。

    八月二十一日(火)晴天 起床五時半

     

     熟睡して気持良し。体具合も漸く本に戻れり。嬉しき哉。今日も七時よりあの心の故郷の山に行く。あゝ己は山の子だ。此の中に入れば全く無我の境になる事が出来る。蝉の声。渓流の音。それから二時迄休憩。京都より初の手紙あり。嬉しいといったら、此の上無し。絶対に信じ切る可きや、言葉はこれ以外は他にはないのである。己の信念に不動のものを加えて行こう。小さい気でくよくよするのが高校生では絶対あり得ない。大きい気を以て山の如き人物と為らんこそ最も緊要とする所也。頭をたたきたたき、物理、数学、英語、独語とやれど何の収穫も無し。己は石頭だ。嘆ずるばかり也。

     夕食後、校歌、寮歌の練習有り。二年は解散するらしい。そんな口ぶりだ。何もかも

    そわそわして心配だが知る由も無い。不安の気持の毎日だ。耳に入るものは憶測ばかりのものだから。二年が言う、何時勉強が出来なくなるかもしれんから今の中に頑張れと。これは何の根拠あっての語かも知れんが、心の底にひびく言葉であり、不安がつのるばかり。学校当局は何の言も発しないし、困ったものだ。はっきりした所にはっきりした態度がとれるのではないかと思われるのであるが?これが日本人全体の考えではあろうが。具体案を待ちつつあるのは、あながち己一人ではあるまい。愈々人心は暗くなるばかり。あわれというか愚かというか兎に角人はどうでもよい。己の信念あるのみである。今日も夕立ちは空を素通りしてしまった。せみの声しきり也。

     

     

    八月二十二日(水)晴天 起床五時半

     

     夕もよくねむれた。今日は初めての授業日。一時限目は生物の話。二時限目、鯨井教授の名?迷講義。煙にまかれた様な顔をして皆聞いている。然し一時間の早くたつのは確かである。次は作業。汗を流し流し午迄道場の裏で芋畑の除草作業。雲は綿の如し。悠然たり。漂う雲を友と為し・・・とは名文句也。今日も雷の音を聞けど来雨無し。

    午ねする。二時より又、南寮の横のゴマ畑の除草作業。今日より全校体操有り。暑いとは言え朝夕の虫の声を聞くにつけ、涼しさにつけ秋の感深し。教授連も加わり、練成時終了コムパあり。思いきり砂糖をきかした料理、汁粉、五つの饅頭は豪勢。近頃の舌に砂糖は物凄くぜいたくである。思いきり食べてうんうん言う。たいしたものである。粉をやったら可愛げに砂糖を持って来て呉れた。皆外出日で出てしまった。鴻峯双子山が夕焼空に真黒く浮出して居る。満月の如き。この月夜、虫が啼く虫が啼く

     今朝も目がさめた時啼く虫の声を聞いて何故か無性に心の底よりさみしくなって来た。ひる、かえる手続の為、修練部へ。何遍も行く。漸くかえれる事にきまった。切符さえ求め得るならわけないんだが。

     

     

    八月二十三日(木)晴天 起床五時半

     

     今朝より班長だ。夕は悪夢ばかり見て困った。一時限目は体操。朝早くより汗一しぼり。二時限目は木村教授の英語で十二問よりなるテスト試験あり。然し一問白紙、二,三問怪しきものあり。午前中は南寮の南の畑の草取作業。コオロギが飛んで出る。これ又暑い事。午睡する。午後は執銃教練。参謀長迄のり出すといった形。

     全く一年二ヶ月ぶりの銃を執っての教練がある。丸二時間基礎や銃剣術。然し何と心豊かに受ける事が出来た事であろう。今迄に一番愉快な教練であった。涼しい風も吹いた。明朝、切符が貰えればよいが、こればかり思う。

     かえるとなると何かいらいらして何もする気になれんのは事実である。

     

     

    八月二十四日(金)晴天 起床三時半

     

     ああ、いい月夜だ。虫が啼く。切符購入の為、昨日外出許可を得て居たので今朝三時半に起きて山本と二人で行く。十二時と二時半に目が覚める。五時半の点呼迄にはかえる。故に一時限目の金尾教授の話の時に自然目がつむぐので困った。二時限目は新穂先生の数学の講義。午前中、校外の大豆畑の草取。今日かえる弁当を頼んで置く。午後も早く一時より二時迄文化と理乙は作業。作業が終った頃、理甲は教練で集合して居た。田圃のおおいをかけたり、あれやこれや整理しているすきで見ると四時、もう大部分の者はかえってしまった。もうかえるばかりだ。今此処にこれを書く。連合軍が神奈川に第一進駐をするという

     

     

    八月二十五日(土)晴天  

     

     六食分注文して皆食べ其の上水を飲んだので実にくるしい。山口で一時間位待つ。六時五十一分発。又小郡で一時間あまり待ち八時四十五分にのる。人が多くて漸くデッキに、兵隊に綱で縛って貰ってのる。くるしい腹も体も。風、石炭の粉はふきつける。月は皓皓。身動きを一つ出来兼ねる状態。

     途中遂にはいてしまった。実にくるしかった。貨物が人を運ぶ。敗戦のあわれさ。広島を見て胸のつぶれる位驚く跡形更に無し。漸く広島に着く。二時頃か。駅ははけ、荷物を負いし群れの汽車を待つ様思わず嘆息が出る。見渡す限有り焼ヶ原。くやしい。一番が漸く七時頃入る。敗戦は思わせないしずけさ。胸腹具合悪し。九時過ぎ家にかえる。兄ちゃん帰省中にして最もうれし。姉さんお父さん町葬也。柿の上昌さんも戦死とか。武さん(本家の長男)かえられているとか。矢張り家に?くもの無し。ボースラ?を食べる。一家和合の時。おじいさん居られぬのが一番さみしい。夕方より雨。お母さん常会。遂にかえったのだ。熟睡。

     

     

    八月二十六日(日)雨

     

     おそくおきる。姉さん飴を作って下さる。悦々。思う存分食べ思う存軍話をし思う存分空気をすう。兄ちゃん二時より切符を願う。全く一家和合の一時也。本をまとめる。何もかも楽しく愉快であった。姉さんにおくって貰って三時半に出る。汽車おくれたり。兄ちゃん迄来て下さる。有難い事である。六時五十分頃つく。徳山行にのれど又降りて貨車にのる。中でゆられながらもよくねる。大竹で下車させられる。三時間、遂に十二時迄待つ。むすびをしみじみと味わう。また貨車に漸くのり込む。せまいので苦しいこと。小郡四時着。

     

     

    八月二十七日(月)

     

     山口線にすぐのる。全くよくねた、山口迄。山口五時着。雨の降る暗い山口の町より急ぐ。寮は未だねむっている。少し転んでうとうとしていると起床。ねむい事。坐れば直ぐねる。

     点呼はあれど掃除無。食事後授業迄ぐっすりねこむ。授業中ねむくてねむくてしょうがない。授業は午迄。ひるより食事後三時迄無我の境地。ああ気良し。又食事迄ねる。今日はねてばかり。家に葉書をかく。大雨がふり風が吹く。むしろ寒い位の感じ。ああ、

    今日はねむかった。腹具合悪し。気分胸腰痛し。虫が啼く。

    頭は悪くても要は努力する事である。ねばる事である。己には信念がある。如何にしても石にかじりついてもやるんだ絶対に負ける事はしないぞ。砂糖の配給があるらしい。家より手紙着いていた。兄ちゃんに対しても頑張らねば嘘である。今日は頭がくしゃくしゃしている。愈々本格的に始めるぞ。

     

     

    八月二十八日(火)曇 起床五時半

     

    今朝はよく疲れていたので目も開かず太鼓の音を聞かん位。腹具合の悪いのも忘れて熟睡した。朝水が出んので朝の掃除は止める。今日も曇である。今日より食事の量が多い様である。授業は全精力を打ち込んでやるぞ。英語と独逸語これだけは少なくとも学校でやるだけは完全を期すの覚悟で行くのだ。何にしてもくずくずが一番いけん。あれもせんければいけん、これもせんければいけんとくずくずする時が一番いけん。結局この間何も得ずにすんでしまうのである。そんな事を思うよりは、その時は何でもよい、一問でもよい、いどみかかって行く事だ。己にはこれが一番欠けている所の最も悪い習慣である。最も早く打破すべき最悪の欠点である。その為どれ程くるしみ、又それによりあらゆる場面で失敗して来たのである。いやしくも天下の高校生である以上、時間的に浪費があったり、或はよくあり勝ちな、次にゆずるとか、目の上での勉学は絶対にゆるされない。その時その時間で解決理解して行き、他の時間は絶対考えぬ事である。己はこれ迄常にあった。理解し又絶対に手を下し其の場で考え、その場で理解しようと努力せず、或は他の時間に或は下宿で考えれば屹度解るんだと楽観し、又よろこんでいたものだ。さて、かえると全然出来ん。手の下しようがない。そこで直ぐ投げて仕舞う。後は何が何やらさっぱり解らん。徒に計画を立て、本の先々は目を通してそれでやってしまった考えでいるのだ。それだから何度試験を受けても通る筈がない。真面目だけでは行く試験ではないのだ。過ちを知り、これを正すは君子の道也と。己は秀才というものの仲間入りをしているのだから、こんな事で或はなまやさしい事で他をはなすことは絶対に不可能である。己はニ十才である。これを機会にすっかり新しい生活にふみ出すべきだ。偉そうなことを色々並べ立てるよりは先ず実行である。やるぞ。

     家に今日葉書を出す。早く届いて安心して貰いたい。二時より作業だけどそれ迄ぐっすりねむって目が如何に努力しても開かん。余程心身が疲労して居たものと見える。全校体操有り。校門の前の大豆畑の草取。夕方大雨至る。ああ秋になった。虫が盛んに啼き涼しい事。自動車が砂糖をつんで来た。敗戦を思うと胸くそが悪い。家の人々は今日は如何にあらん。飴が心残りである。やるぞ。秋の侯にじゃんじゃんやるぞ。負けは絶対にせんぞ。沈黙こそ第一なれ。松山高校云々とラヂオで一寸聞き、心配である。ああ虫が啼く。秋だ。虫が硝子に突当る。

     

     

    八月二十九日(水)晴 起床五時半

     

     斬り込みに行き逃げ回った夢を見る。おそろしく何遍も目が覚める。朝起きて見ると喉が痛く頭がすっきりせん。朝駈足あり。朝一面の霧で気持良し。さっぱりする。小川五郎さんがとまりであった。何かすっきりせん日。化学はさっぱりわからん。ひる一寸ねる。午に校庭に出る。陽は黄色を帯び風は涼しく草をなぎ虫が鳴き秋の訪を知る。

     

        秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる

     

    毎年の様に感じる詠であるが、胸にもしみるよいうたである。今日も校門前の大豆畑の草取。食事後、和崎と二人、湯田の温泉に行く。穂の出た稲ほの間を歩きつつ、田園の偉大さ、知らぬ高い山の重なりがはるかに心をさそう。あの奥に理想郷があるようなはるかなしかも淋しい気持をさそう。幼心をよびおこす。ああ山の連なりよ。知らぬ国の山々の奥よ。誰が待たん。山の神秘が身に迫る。田園の霊気が身に沁みる。己は田園の子だ。山の子だ。期待ある身。己も負けはせんぞ。頑張るぞ。温泉然も有名な湯田の温泉に行き身も心もさっぱりする。ある時は底ぬけ遊びつくす事は必要だ。そうした所にはじめて又自我を忘れてある仕事に没入する事も出来るのである。散歩もよい。寮歌を怒鳴るのも良し。家の人々はもう夕飯はすんでいるだろう。我が国土に幸あれと専心祈るのみ。

     

     

    八月三十日(木)曇時々雨 起床五時半

     

     今朝は夢と同時に目が覚める。今朝もさっぱりとした朝。朝授業前に大雨。雨の為作業なく午より二時限あり。現在の己としては如何なる方法が勉学に能率的効果的であるか?という事。過去の不勉強をばんかいするのも現在を除いてはもうないのである。高校生だぞ。国家の中堅、否指導者だぞ。又おじいさんに対し、家の人々に対して最も効果的に勉強すべきである。国家の幹という事を考えると身震いがする。やるぞ。一刻のゆるみもなく、其の日に習える事はその時その時に解決を下して行く事が何よりも先決問題である。

     なんと今夜多量の砂糖と乾パンの配給あり。大悦こびで又元気回復。頑張るぞ。目先にくらまされる事無く。兎に角頑張る事である。夜雨が降る。雨の夜は良い。虫が啼く草の中を歩くと虫が飛び立つ。頑張れ頑張れ。人間の面をしていて人間でない奴に負ける筈が無い。

     

     

    八月三十一日(金)雨 起床五時半

     

     今朝も雨。うれしい前。吉田紘二郎(一八八六~一九五六。旅を好み、自然を愛し、その紀行文は独特の趣きがある)の文に見る雨の事、しみじみと味わわれ、心の底より嬉しい。又わびしい。又熟睡せず。雨は降る降る。化学迷宮入り。高橋先生は真に真面目で熱心家で努力(家)であると思う。思わず時間が過ぎる。要は人は熱だ。熱の問題だ。熱の世の中だ。要するに指導者の熱が無かったのだ。政治家と言えば一度部長とかいう椅子につけばすでに足れりとして、それ迄の努力は止め事務屋になって仕舞う。口ばかりで人をつれて行けるものではないのである。新聞を見る。横須賀に進駐し、マックアーサーが来たではないか。敵の要求どおりにしなければならん現在である

     雨の為午後も二時間授業あり。雨の日は良い。砂糖をなめてばかりいる。雨の音を聞き虫が啼く。人間は貪欲に流れるな。試験試験と口にしているものはおぼれてしまう。吉田紘二郎が言う。浮かれた世の中で沈黙の士程おそるべき者は無い。これだ。これだ。黙って黙々と其の時其の時を成就すべきである。他に心をまよわすな。沈黙だ、沈黙だ

     明日も頑張らん。愈々今日で八月もすぎてしまう。

    第14章 遂に来た大空襲(1945年7月)


     
    1945年7月2日深夜12時、呉市内が大空襲を受ける。6月22日の呉工廠への午前の空襲は夜勤のため、そしてこの時も、帰省からかえって寮でねていたために、被災を免れることができた。しかし、翌日通勤のため、呉の町に一歩入ったとたんに目にした、戦災者や町の姿は、後々にも著者を苦しめ続けることになったのである。

     呉を襲ったおもな空襲は、昭和20年3月19日(呉軍港)を始めとして、5月5日(広工廠)6月22日(呉工廠)、7月1~2日(呉市街地)、7月24日(呉軍港)7月28日(呉軍港)の6回に及んでいる。
     このうち呉市民に最も大きな被害を及ぼしたのは、7月1日夜半から2日未明にかけての焼夷弾攻撃であった。呉市は全市火の海となり、和庄地区では大防空壕の入り口にあった民家が焼け、火災の熱気で約500人が蒸し焼きとなって死んだ。一般人の死者は約二千名(HP「祖国日本」都市空襲 峯一央)
     
     7月16日、突然の動員解除で、果てしなかった工廠での動員生活が終わる。7月末両日の呉軍港への空襲に胸を痛めながらも、ついに夢だった山口高校での新たな生活が始まる。戦場と化した日本、広島での家族、友人間でお互いに無事であることを祈りつつ、喜びつつ、悲しみつつ。
     下の記事切り抜きは、いずれも日記に貼り付けてあったもの。  


     18才の日記
    渠底に眠る特殊潜航艇 

    開戦劈頭の真珠湾奇襲をはじめシドニー、ディエゴ・スワレズ攻撃で宣伝された特殊潜航艇「蛟龍」-山本元帥命名-百余隻が日の目を見ず造船ドックの渠底に埋められる、六万二千トンの怪物巨大潜艦「大和」を生んだ呉海軍工廠造船ドックが占領軍の手で埋め立てられその巨大な姿を消すが「大和」建造を最後にひとまず造艦史を閉ぢ、終戦直前は特殊潜航艇の建造に使用されていた、本土決戦に備へ期待された「蛟龍」は遂に晴れの日を待たずドックと運命を共にし消えゆく帝国海軍に一入もののあはれを偲せている
    (写真は埋め立てられる造船ドックと特殊潜航艇「蛟龍」百余隻の歴史的姿)


    120818_1745~01 

             造船所で働く学徒の姿 



    七月一日(日)雨 起床八時 
    -呉市街空襲の日-

     

     つかれて非常におそくおきる。面白い顔一つ出来ん。何もかもあまり旨くない。親不孝者とは知りながら、雨の中切符を買いに行く。田植えの最中、治子は学校。ふと見ると、お父さんの顔骨が高い。胸をえぐられる思い。京都の事も心配。午寝は気持よし。(お)むすびを作って貰ってかえる。どこも田植え中。七十分おくれ待つ事の長い事。七時五十二分広島出発。寮着九時過ぎ。皆かえって居らん。十一時過ぎ迄ねれん。のみがさわぐ。不孝者故、胸の中がかなわん。

     

     

    七月二日(日)晴天 -呉市街空襲の日-

     

     十二時、空襲警報、着るもそこそこ、裏の壕に退避。爆音聞こゆ。愈々来るんだとはつい先の話。来たなと思う。爆音のとどろき、しばらくする。山の上が真っ赤になった。その物凄さ。しばらく明るい。大きい破裂音。高角砲の音。静寂は一時に戦場に。たちまち焼夷弾攻撃。其の物凄さ。山の上一面に火の砂をまいた如し。むしろ美しい位。山一面に広がる。此の頃あたりは実に明るい。汽車の音に似た爆弾の音、とたちまち火の手が四方より上る。つい前の阿賀の町、焼夷弾がさけ散る。空中より落ちるのが見える。

     明るさにすかして爆弾が落ち、松の木が倒れるのが絵の如し。阿賀の海手と駅の所の紅と畑のほのお、その物凄さ。これに音がともなうので猶更。もえさかるはもえさかるは、此の頃風さわぎ物凄さ増す。次々と攻撃をゆるめず、一面四方火の海。あたりは明るし午の如し。風は吹き、日は層々さかる。地獄地獄、筆が動かんのが残念。戦場の煙は空一面。其の間をにくしや火事の光でB29の醜体、幾度となく浮ぶ。空中で破裂する火の粉、身震いする。つーつーと飛機銃弾。とにかくすごいよりは外にはいわれん。その頃四面は日の海。口惜しい、実にくやしい。これが戦の現実だ。二時過ぎまで続く。部屋の中迄明るい。

    朝ねむい。呉市がやられたので午迄待つ。今日の又暑い事。徒歩で行く。道で逢う戦災者の群れ悲惨。子を負い髪さばけたるあり、裸あり、老婆あり、爺あり、病人あり。ねがわくは此の人たちよ、気をしっかり持たれんことを切に祈る次第。目もあてられぬ悲惨事。此の人々の気持推し量るだに涙々。家は亦だくすぼ(ぶ)る最中也。一歩呉に踏み入れんか。更に地獄たるべし。電線は切れ、戦災者の群れ。未だもえさかる市街。吹きまくる熱風、呼吸をさえぎり頭痛をさそう。一面全く焼ノが原。焼夷弾のから多々転がりあり。戦争は勝つべき也。海軍士官の我が子の硬直せる死屍を抱きて静かにやけ跡を上り行くあり。戸板にのせて四、五人で行くあり。我が家の焼跡を忘然と見つめるあり。水槽の中に老婆死してあり。足はふんばり腹ふくれ手は握りしめ歯はむき出し、顔は瓦色に化してあり。地獄といわずして何といわんや。目を覆い手をひかれるあり。一人しょんぼり坐するあり。熱風で愈々呼吸困難。圓福?死者の中より逃げ出せる、けだし奇跡也。河野(通勤生)恐らくは死してあらん。ようしゃなく日は照りつける。地獄の上に地獄を実現せり。当夜の様子思うだに慄然とせざるべからず。

    海兵団、鎮守府しせつ部、軍需部、すでに灰たり。我々の学徒室たる現図?場はすでに灰となって居れり。色々の事思い出されて口惜しき次第也。然し戦災者を思えば万分の一にも足らず。ドック内の機械室の無事たる何よりなり。出席とった後かいさん。駅に行けどすでにはいきょたり。

     岡田先生の家すでに無し。なおさかんにもゆる所あり。戦災者の群れ後より後へと続けり。前の老婆こもをかけたまま也。不憫此の上もなし。又戸板でかつぎ行くあり。熱風猶猛也。一面の野と化した市内を悄然として歩きかえる。口惜しさか怒りか胸がおさまらん。戦争の前途危うしである。人々元気たれ。

     家の事を思い出し幸福感に似たものあり。京都が心配だ。かえってほっとする。悪夢よりさめたる思いすごいの一字につきる。河野すでにあの世たりしか。

     藤井先生来られる。あゝあつかった顔がほてる。戦争の現実かくなり。困ったものだ。年寄った人々、女子供よ、後すこし頑張れよ。死者の少なからんことを祈る。陽は猶猛烈也。日本の最後を勝利を祈らん。筆に盡せざるが遺憾や。今夜は電燈がつかずだ。お互いに頑張るこぞ、日本人だ。家の人々心配されてあらん。

     

     

    七月三日(火)晴天

     

     空襲の後でも呉駅で途中下車出来る。今日の又あついこと。機械場の中にも焼夷弾のかけらが多数。午前中はあそぶ。午後三時迄防空壕。物凄く暑いんだ。汗だくだく。街は今日も煙を上げている。風呂に行きかえる。汽車を待つ長いこと。年寄の警防員も多数出勤。かえってつかれてねむる。蚊がくう。今夜も電燈つかず。

     

    七月四日(水)晴天 起床五時 

     

     又、夕も空襲。外に出て蚊に食われること。朝おきるのにつらいこと。今日も真夏の如くあつい。時間通り行く。煙管服(軍艦の石炭焚きが掃除の時に来た服)をかりたが皆小さい。今日より仕事する。定時間。汗だくだく。陸軍の兵隊の奮闘、頭が下る。隆大、(動員解除になって)山口医には十一日に行くという。己は一体何時だ。のみが食う。

     

     

    七月五日(木)晴天 起床五時

     

     消灯迄に又空襲。畜生目だ。体中が痒くてねれん。お蔭で朝のねむい事。今日も暑い。人ごみの中を歩くのはつらい。一部の者は一所懸命に仕事する。多数は遊んでいる。不合理な話だ。これ迄に時局がわからんと思うとなさけなくて涙も出ん。困った奴等だ。本当に奴だ。

     掃除やら本職やら。隆大組が今日限りだと言う。高瀬、塚本、勝川中隊長が退廠する。あつい。ほこりの道をかえる。呉駅に於ける陸軍部隊の活躍、唯々頭が下る思い。今日の片付いたこと

     己のも学校より通知あれど、例の空襲で落手出来んのかもしれん。それだと物凄くなさけない。かえっても豆を食い水をのみ大ものをいってくらす。これが現在の生活なり。

     

     

    七月六日(金)晴 夕立 起床五時 

     

     夕は空襲無くよくねれたという事か。然し熟睡不出来。のみ虱の奴がいるらしい。体中の痒いこと。ねられんだけ痒い。何時迄くるしめられたらすむのだ。蒸し暑い日。

     朝ベルトが切れ、油もぐれ(まみれ)汗もぐれでなおすと又きれた。午迄、午より三時迄に漸く直して成功。工風ということは面白い。誰にも教えて貰わずに工風することは面白い。夜勤をやりたいと思う。今日は戦災者の河野、中村が入舎。はなしばかりする

     

     

    七月七日(土)晴 起床五時

     

     中丸が退廠する。税官に行く為なり。真面目によく我が学校に盡せる人物也。他に佐古田、山野退廠。叶と同じく家にかえるべく切符を求めど、呉も阿賀も駄目。結局待って省營にすることにしたり。七時迄待ち漸く来る。省營もまんざら悪くない。八時半広島着の快走ぶり。志和口迄の終列車に切符を求める。広島も夜間対空戦斗訓練、猛烈らし。加治、越智居たり。立川、嫁を貰い出征したという。予の前に坐れる病院の夫人と自ら名乗れる人物、浅間しき哉。志和口より闇の中を歩く。去年あるける時と心境の変化、実にゆったりしたものだ。走った、兎に角安息所の家を求めて一散に走った、これが去年の暮の自分。そうせずには居れなかった自分だった。今日は実にゆったりと歩くことが出来た。犬が吠えたり、流れ星が流れたりした。実に平和な山峡。川ノ内、道悪し。家に着けるのが十二時二十分。おそくより皆をおこす。姉さんは上根の飛行場建設作業と。芋の美味いこと。安らかなねむりにつく。

     

     

    七月八日(日)晴天 起床十時

     

     今日は十時に起床。兄ちゃん二日に家にかえり、五日は帰洛との事。何より暇ありてうれしい事である。お母さん、お父さんの満足如何ばかりか。よかったよかった。今日は物凄く暑い。水田の草を取る人。あほいが陽に燃えて赤い夏だ。山々の盛り上がった緑。夏休みはもうすぐだ。然し今日もB29一機上空を飛べり。楽しい幻想より現実へと引きもどされて行く。南京の花も夏を思わせるに充分。小蝉の声に午睡。これに水を浴びる人の声すれば完全な夏休み。ゆったりとした一日。竹藪へ向の山道を通り、家の方を眺めて枇杷を取りに行く。然し一個も無し。お母さんは市畑、治子は学校。順子、敦子来て遊ぶ。疎開者ならん人の行き来の多い事

     日が暮れて姉さんが疲れて帰られる。風呂をわかして待つ。一家団欒の夕食をとる。夜は静かにくれる。今日の暑さも涼風と共に何処かへ行ってしまった。桐の木にあれあれ、蛍が一つ二つ涼しい風。

     

    七月九日(月)晴 起床十時

     

     今朝も熟睡。お父さん今朝早くより切符を求めて下さる。今朝も相変わらず暑い。お母さんはきび植え。トマトよく出来てあり。二時半に出発。丸谷で定期の無いのに気が付く。走りかえれど無し。一家内中大捜し。丸山迄二度行き尋ぬれどなし。結局池に落ちて居たとのこと。よかった。心配かけた。結局四時でかえる、席あり。今日は風邪気味。

     

     

    七月十日(火)晴

     

     夕呉についたのが八時半。暗いのに急いで行く。両門共に通してくれる。

     午迄は仕事する。午より警報つづいてねてしまう。夜が明けてびっくりしておきる始末。風邪の為、頭が痛い。朝早く帰るのも気持良し。上級学校停止を皆の口よりつげられて目の前は真暗。ああ、ものがいえん。

     小説をよみ時がくればねる。午勤の者が上服の配給を貰ってかえってくれる。

     

     

    七月十一日(水)曇

     

     行って我銃を見たりして遊ぶ。午迄もバイトが折れたりして仕事せん。

     物凄く体がだるい。午よりもねてしまう。朝迄。空母が潮岬に来ていると小坂組長がいう。今日目がさめたのが五時。全然仕事せず。汽車おくれる。小説をよみねる。二時迄。目がさめる。雨音を聞く。頭重し。

     

     

    七月十二日(木)雨

     

     大雨。夜空襲警報。暗くはあるし雨は土砂降りだし一往生する。機械の所に雨漏りが烈しくて弱る。毎晩ねん事無し。今朝もねすごし。大雨の中を帰る。広島の大水を予想させるものがある。

     雨の日雨の夜にねころんで本を読む、又一種の感慨有り。藤井先生より慰労休暇ありと聞き、荷物の整理。

     

     

    七月十三日(金)晴天

     

    今日も又土砂降りの中をぬれねずみになって行く。物凄い土砂降り。広島の豪雨、川水増乱は必至と思われる位の降り。海は全く視野せまし。機械の中にいても凄い位の音をさせて降る。陰気臭い事此の上なし。明日はかえるので今晩こそはと意気込む。

    漏電すること著しい。どこもかしこも(目も)当てられたものではない。バイトは折れる、皆いい加減の気持では居る、ベルトは切る、取り得なし。こんなことは他所事、知らんといった風して朝迄ねこむ図太い奴もいる。将棋なんかは言語道断の話。口こそいわぬが、なさけないものあり。時局がわからんでもあるまいに。現実は更にひどい。警報の為退避したではないか。その下、歌をうたい、仕事をすててねてしまう。そのくせ口では国家の難事をとき、進学を饒り?、かえること、自分に利のあることを指折り数える浅ましい限り。通勤生に至っては開いた口が塞がらん。ほんの二枚か三枚やった位のこと。夜明けに出て見たら、夜明けの明星が一極美しく輝いて居た。夏の夜明け、胸に沁みるものあり。朝、汽車おくれる。
     戦局の為、家内的に不孝を招いた人の多さを思うと口惜しい。駅前一面の水、じゃぶりじゃぶりと歩いてかえる。今日は又、昨日の雨は何處へ、からりと晴れた緑の天地、美しきかな自然。かえれる算入でねもしない。(帰省が)到頭駄目になった。ねむれないままにおきて、外の光のまぶしさを感じ、爆音を聞き、記す。皆ねしずまれり。

     

     

    七月十四日(土)

     

     実にいい天気。晴朗とはこの事。今日は家に帰るべきであったのに、己も何時とはなしに皆の行動する儘に行動する人間になってしまった。全く落ちぶれたもの。

     今日は通勤生が二人共休み。困った代物だ。人間としては取扱いにくい。彼等が居らんと仕事がはかどるもの事実。現図?場でやけた鉄帽をひろい、甲板【紙破れ】場で色を塗る。午迄にと午よりと二度警報あり。事ム所に集合。蚊が食う。困ったものだ。新聞の一面には敵機来襲のみ報ずる。人の働くのに知らん顔をしてねる人物になって見たい。鉄帽をもってかえる。割合働いた。汽車がなんと食堂車。一寸珍しい。おくれず早くかえる。思いきりねる。しらみの奴又来やがった。困ったものだ。一体何日ここで唸って居るべきだこれを思うと胸がさけそうだ。蚊と蚤としらみとの三方攻めにあっては全く叶わん。中丸、叶等は実にいい生活をおくっているか。

     

     

    七月十五日(日)晴

     

     晩は空襲もなく安穏である。仕事も割合捗る。然し午よりねる。早くかえるのは気持良し。遂に夜勤も明けたり。久しぶりの洗濯する。天気良し。一日中退屈の日。面白くなし。頭痛し。一週間ぶりに風呂に行く。藤井先生の話によれば、ニ三日のうちに退廠可能と艦上機、午に来襲。味方の戦斗機、矢の如く行く。蒸し暑くてねれん。

     

     

    七月十六日(月)晴

     

     午前中作業。午時間、栗栖先生より今日の定時を以て理科系進学者は動員解除といわれて茫然自失。煙管服返却に一苦労。

     中原大尉臨席の元、造船部学徒隊離隊式有り。物凄く蒸し暑い日。ハイケ峯が一段となつかしい。ねつかれん。うれしい事。荷物の整理。

     残留者の事も考えれば胸が暗い。

     

     

    七月十七日(火)雨

     

     朝三時に起きた。夕の空襲の加減で睡い。暗い中を古寺と下河内と三人、裏の垣を乗り超える。雨が降る。四時半に買う。最後の九部臼を食べる。原田、高山を送る。はじめ雨の中を古寺と蒲圑を送る。市役所出張所へも行く。雨が降る。

     夕の手続は皆、胡明がすませて呉れたので大助かり。栗栖先生の最後の訓示あり。芸備線、可部線連中は十時過ぎに出る。雨が降る。最後に見る呉の町

     広島で一時間待つ。雨が降る。大雨が向原で、少し待ち雨の中を帰る。光易に逢う。家の人が却って茫然自失だ。家は矢張り天国。

     

     

    七月十八日(水)曇

     

     七月というのにうす寒い位。夕は一年ぶりに熟睡出来た。稲の青さよ。疲れが出ねばよいが。今晩は大山先生が泊るべく来られるという。明日は出広せんと思う。夕方、手荷物を取りに行く。未到着。菓子屋により、文子さんと話をする。この頃よりは少々風邪気味で体だるく頭痛し。大山先生の話を聞く。早くねる。

     

     

    七月十九日(木)晴

     

     二時半におきる。風の為、頭が痛く体だるくうとりうとりしてねた状態。三時出発二番の切符を求める。ああ、頭痛し。三宅、光易と一諸に行く。八時三十分前着。空襲によるみなし子多し。比治山線にのり比治山橋で下りる。あの鷹野橋通りより佐野前大学前電鉄を走く。疎開の為、跡形なき所のびっくり

     アイスケーキ屋は有り、積善館、トキワ堂は無し。千田町に小学同級生と逢い、自分の身が可哀想。電車通りの疎開に二度びっくり。布袋堂により本を頂く。なんと重い事。お父さんの苦労察せられる。あつくはあるし、護国神社裏で一時間休む。電車で駅前の一時預かり迄。頭は痛し、少し休んで白島の税務署へ。中丸、森本、山野の元気な姿。全く高等官だ。中丸と二階で一時間あまり話をする。ついで本通りの本屋へ。疎開の為勝手が違う。もう頭痛く体だるく早く電車で帰る。志和口迄立ちつづけ弱った。家にかえる迄三度休む位。心よりつかれた。つかれて夕方迄ぐっすり。

     

     

    七月二十日(金)曇

     

     十時頃おきる。駅に荷物を取りに行く。背子を背って。今日も体具合満点ならず。

     

     

    七月二十一日(土)曇

     

     今日も不調。蝿を取りぶらぶらするのが一日の暮し。鍋蓋も鶏小屋もつくり度いのは山々。

     

     

    七月二十二日(日)曇

     

     今日は、治子はひる迄居るが、午より当直で行く。今日も蝿取り。

     

    七月二十三日(月)曇

     

     今日も蝿取り。全く一日中ぶらりぶらり。今日山高より出頭通知有り。明後日より出発せんと思う。

     

     

    七月二十四日(火)曇-呉軍港攻防の日-

     

     朝より空襲頻々。ねている間より砲声、呉方面、広島方面よりしきり也。じっとしていれん。出て見る。音は次より次とある。大編隊が行く。艦上機らしい。こうして夕方迄波状来襲す。気の痛んだものだ。夕方治子より空襲状況を聞き、且行くなというから取止め。今朝より準備に忙しい。明朝は取止め。

     

     

    七月二十五日(水)曇

     

     今朝は爆音と大きい破裂音により目をさます。全く飛びおきる。八機編隊にくしや東へ進む。夕はB(29)の爆音がするし、そのにくにくしい事。破裂音には度胆を抜かれた者が多いだろう。少国民(小学生)は朝の中かえる。今日も一日小型機が波状来寇。

     呉、広島方面にあたり、交戦高角砲音頻りに来ゆ。姉さん、お父さん、本家に情報をききに行かれる。朝より裏の畑の芋掘り。あつい、あつい。今晩方、酒の配給あるので姉さん国光へ。ヒヨコを遊ばして喜ぶ。大きい奴、チョコチョコつきあるきやあがる。可愛いものだ。明朝も取り止め。早くねる。今日は草履をつくる。

     

     

    七月二十六日(木)晴

     

     今朝おそくおきる。然し今日一時半発と極まり大急ぎご飯を食べ荷物を背い駅へ。なんと今日の暑い事。二時間程待って漸く買う。家に帰りご飯。本家にものを言い直ぐかえるなり早速出発。帽子は新しいのにする。姉さん駅迄見送って下さる。

     あついあつい。治子電話により、改札口前に来てくれる。指定巻三時の分になっているという。頼んで一時半に漸くのせて貰う。井原より席あり。急ぎし為、お父さん帽子を忘れられる。本線との連絡も良く、直ぐ来る。席も二つそろって明いて居る。こんな事は先ず無いであろう。あつくはあるがらくな旅。戦災を眺め飛行機を見て、二人で話し話し行く。一時間位延着の為、小郡より山口行のバスにかろうじてのる。九時二十分也。荷物と人の多い為地獄の如き思いをして山口市内にくる。喜集館に丁度おそくても外に出て居て呉れて大変好都合、うれしかった。茶の美味かったこと。

     むすびとたまごのゆでたのを食べ腹ごしらえする。全くつかれた。十一時寝につく。

     お父さんのくたぶれが出んければ幸甚だけれど。警戒、次いで空襲、それもつかれの為後は無我の境地。

     

     

    七月二十七日(金)晴

     

     目がさめて見るとお父さんはもう切符を求めて帰られた後であった。朝飯をすまして米澤先生宅に訪れる。先生、奥さん在宅。よろこんで頂く。ついで学校に行き、教務課修練部及び寮事務所に行く。諸先生より和高の弟だ、しっかりやれといわれ、責任の重きを感じた次第である。喜集館にかえり荷物を出して貰った。漸く高校の寮なるものに入るを得たり。夕方迄荷物の整理したりねたりする。転出証明の印がないのでやって貰うべく速達を出しに行けど、郵便局移転の為果さずかえる。

     夜ねられん事。となりはさわがしく次いで空襲警報。十二時頃かな一日は終れり。

     

     

    七月二十八日(土)起床五時半 -呉軍港攻防の日-

     

     お父さんはもう着かれたかな、然も無事に。祈る心。ねむいねむい。朝の点呼、朝礼、体操、掃除すべて初めてである。授業は数学、博物。高橋先生が呼んで下さる。嬉しかった。然し兵隊に出られるそうだ。残念な事である。

     高橋先生の時間、空襲で中途で終る。十一時迄待機。艦上機らしい。百七十機とか。お父さん、よい時にかえられたものである

     十一時より校長の話あり。自己は絶対に勝て、足元を見つめて生活せよとの有意義な話也。午より作業なく三時すぎねる。五時より外出者多し。家と京都とに手紙を書く。明日こそ家に移動証明を送るべきである。空襲警報、連日の如く響けり。困ったものである。今は静かである。級友の事も思われる。

     

     

    七月二十九日(日)起床五時半

     

     一晩中、左肩の神経痛が痛んで熟睡と迄行かず。朝になってからねむい。

     今朝、駈足で神社参拝。途中、木戸孝允の城跡あり。廊下の掃除無し。午前中はずーっと芋の中の草取り作業。よくはれて暑い日、汗だくだく。でも工廠の事を思えば高等官だ。工廠ではこの暑い日何をしているかな。B29が幾度もあの青空に飛行雲を引き、空襲警報頻々たり。氷を食べる。さっぱりする。午前中警報の為、一時間早く切り上げる。昼飯後外出。同室者と二人、本屋に行く。英語の教科書と我が闘争を一冊購う。悠々と町中を歩けるのはこれが最初であろう。悠然たるもの。家に速達を出す。経専の前も通った。二時半より夕食迄ねる。日曜のせいかごちそうあり。

     夕方フットボールを二時間ばかりやる。全くすべてを忘れてやる。今日ある為にいか程の努力苦労を忍んだかわからないんだが。この分なら肥えるだろう。実にすまん事だ。要は此処でも努力する事だ。お父さん、疲れが出たかしらん。

     校長の言、明日の日に死んでも悔を残さぬような努力を日々惜しむなと、金言至言。我のモットーとするべき価値極めて大。

     

     

    七月三十日(月)晴 起床五時半

     

     昨日の野球が答えてか、神経痛で一日中苦しむ。実に困ったものである。これより何も彼もくるう。気分迄くるう。

     朝数学、高橋先生の講義あり。午前十一時、除草作業及び南瓜かり。又ひるころんでいるとねてしまった。午間体操には参ってしまった。次いで三時四十分迄除草作業。

     他は絶対見ず批判せずだ。極力独自の境地を創り出す事である。それこそ己の此処に於ける最大急務である。夕食後ベイスボールの対寮マッチあり。我を忘れる所に良い所があるのだ。

     妄念がおそい全然勉強にならん。困ったことだ。一度や二度のスプラン(スランプのこと。以下同じ)はあるのが建前であろう。風呂でおばさんに和高さんといわれてびっくり。

     

     

    七月三十一日(火)晴天 起床五時半

     

     夜熟睡不出来にして朝睡い。困ったな。今朝は神経痛は大分良いが、未だ体は痛い。朝駈足神社参拝。水槽当番、独逸語今の中どん(どん)追越して置く事が緊要。物理自分でよく考えたら問題じゃあない。駄目と思う間に前の一頁に目を通したらそれだけ通路が啓ける事は必ずだ。

     午前中は芋の草取。今日はあまり暑くない。何時も思う事であるが一日がそんなに早く経ってたまるものか。も少しおそくて着実な一日であって欲しい。これに食糧事情が解決されれば問題ないんだが。午後三時半迄作業。飛行機が低空迄校庭に急降下してきて胆を冷す。氷はあまり食べたくなし。午ねなかったと思えば夕方ねる。困った習慣だ。

    明日より絶対打破すべし。綱島(下宿先)と市原工長、栗栖先生(中学最後の担任)に葉書を書く。かくして一日に意義を持たせ度い。家より速達未だ来ず。心配也。この兄ちゃんの机にかけても、絶対ひけを取る可からず。七月分の食費修練費を出す。家の事を考えれば絶対勝つべきである。着実なれ。

    プロフィール

    micky.w(編者)

    Author:micky.w(編者)
     このブログの主人公は、ノブ少年(編者の亡き父)。お餅、おいも、柿、木上りが好きな、やんちゃな草食系・日本男子です。高校入試に失敗、呉海軍工廠に約1年間、浪人の身で動員された(給与は出る)時の体験を、お話ししたいと思います。詳しくは、カテゴリー↓の「はじめまして」や「目次」をクリックしてくださいね。

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