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    第10章 呉海軍工廠での終わりなき日々(1945年3月)

     第十章

     
     三月十九日以来、軍事施設・工場のある広も呉も、ついにアメリカ軍の標的となる。二十八日には、沖縄上陸、四月二十五日には東京大空襲の惨禍が報じられる。

    卒業式も工廠内と決まり、高校に入学した他の者たち同様、ノブ少年もがっくり。
     動員を解除されて、教員として自由な外の世界にはばたいていく友人がいる中で、応召されて、前線に送られる工員・学徒がいた。過酷な工廠での日々の果てに、生きて帰れることのない激戦地へ。いつ現実になるかもしれない不安のせいか、狂ってしまう学徒もいた。
     特に戦争末期、一年引き下げられ、誰もが逃れられない兵役だったが、運命の分かれ目があったかもしれない。ノブ少年の救いは、適性のない次男を理系に進ませて、何度も入営延期願いを出してでも、息子を守りたいという家族の思いであっただろう。

    ※※※

     

    三月一日

     

     治子発表日如何かしらん。一日胸をはなれず頼む祈るおがむ。

     マラソンの賞状及び賞品を貰う。

     どんよくのみによって生きる世の中だ。物を去ったら全く無価値の世の中だ。見たくもない。ものいひたくもない。然し同じ部屋で一諸にねおきするものがかくあっては実に面白くない。畜生とけんかどんよく目なしか こんなことでは一日も居りたくない。じじつ今日迄忍んで来たのではあるが。これから先が一日ももてん。定時間風呂に行く。唯一心治子の名前が発表されていますように。角本高商船合格。

     春だ 〱もっていても暖かい。畜生どんよくの世の中。

     

     

    三月二日()雨 起床四時三〇分

     

     今日は雨。雨の夜雨の音これが一番うれしい。なぐさみ泣くが如く雨が降る。事実己も雨と共になきたい。すさんだことではあるし。治子の様子とてもないし。年少なくして合格したものはよろこび希望があるが、己は職場より即戦場だ。血と涙と汗でとった高校には行けんとくる。一日中地獄のつゞき。一体どうなるんだ。あゝどうなるんだ。

     

     

    三月三日()曇 起床四時三〇分

     

     雨の為風は稍冷たいが全く暖かくなった。午後は全部中隊長の事務上の手伝をやった。兎に角面白くないことがつゞく。

     

     

    三月四日()晴天 起床四時三〇分

     

     昨夜ねたのがおそくなったので今朝睡い。今日は非常に暖かい春になったのだ。四季は春でも未だあらゆる万面に於いて春来ず。あたゝかくなった位のことだ。心の底は地獄の二丁目。行軍で(比治山)基地に行って集団教練等色々あり。午休憩二時間もあり。呉市をのんびり見渡す。二時解散。松浦と春の日曜の人出の多い憂世の町を歩いて本屋に行けど本無し山高の耳ボタンあり。大いに気をよくしてかへりうれしくてならん。電車の中で汗が出る位。

     ◎あゝ悲痛何といけん。治子不合格の絶望の様子受く。心にでんとくひこむものあり。胸が痛む。どうしよう。うんだ。

     残念無念。又心の呵責がました。

     いゝかげんの世の中。真面目にわたるものは損?何が何やらさっぱりわからん。地獄の二三日だ。未だこの地獄をわけ切れそうもない。それは退廠の日迄或入営して散る迄つきまとふものなのか。如何せん この浮世 根性のくさったしびれたいや全然ない人の中何一つとして気に入るものない世の中。人間の世の中でない猛獣の世の中。

                      毒蛇の世の中。至誠に動かぬ世の中

    こうなっては修養も何もない。わが身が可愛い。

     兎に角十一日にかへれることをのぞむのみだ。

                      電車一〇銭 耳ボタン二〇銭

     

     

    三月六日()雲 起床四時三〇分

     

     最後の最大切望たる治子の希望もたゝれ、戦局は此の様。己も兄ちゃんも新しい門をくゞり得ず。遂に戦場へ。お父さんの事業又此の如し(健康回復もまだ思わしくなく、画業も苦闘していた)。姉さんも又同じ。何を考えても一つとして心ゆくものなし。この事常に心身をなやませやせおとろへる一方。

     何のためにしてこんな所に閉じ込められ、朝早くより夜おそく迄つとめねばならんか。

     今も四月七日迄の定期を貰った。卒業式又廠内であるとの話。絶望以外何もなし

     直ぐ前線に召される身ながらこうしてがき(餓鬼)か何かわからん中に(居て)くるしい。全く予想外のくるしい生活をそれ迄その直前迄行わなければならんか。硫黄島又全滅に近し。

     がきとどんよくとの中で何の因果あってくるしまねばならんのか。しかもよりによられてこんな卓にはじめより終迄しめこまれるとは。真面目がなんだ

     つかれきった全くつかれきった心身をはげしい労働にむちうつくるしさ。全くくたばらんのが不思議な位だ。何とくるしい生活、なさけない現在。地獄におちた二三日(新編成になり、小隊長になった二月二三日あたりのことか。)。いやこの地獄がお召しを受ける迄、否死迄延長される筈である。

     同じ合格しても年少なくして合格したものゝ希望あふれる顔を見よ。胸もはりさけんばかり。かくして見るもの聞くものさはるもの刻々に己の心を悩へとひきずり行く。すくひの手はないか。いや絶対にない。自己の悟を開くのみ

     しかし現在さとりとか何とか言われもしない。治子よ、己は腹の底より残念だよ。口惜しいよ。あきらめがつかんよ。

     外は雨が降る。降れ降れ世の中がさっぱり流れ去るだけ降れ。ついでに己もさっときれいに心をながしてくれ。降れ降れ涙と共に降れ。降れふれ。

     家より何のたよりもない。作業くるしくなる一方

                 戦局おもはしくない

                 いつになったら出れるんだ 

                  

                          

    三月六日()曇 起床四時三〇分

     

     今日は猛烈に寒い。当直で一日中仕事せず。残業の時第二チリョウ所で手の傷をみてもらってかへる。全くさむい日。

     かなはん 酒保(売店のようなもの)に行く。根性が全くけものこのかた 後幾日こんなみじめなくるしい中で生活せねばならんのか あゝやせてしまふ。

          酒保 一円五〇銭

     

     

    三月七日()曇 起床四時三〇分

     

     あゝ今日も又寒い日だ。心もさむい。硫黄島が全滅し敵機の頭上来襲頻々たる今日。何たる状態だろう。自己のことのみ考えて他はどうでもよいといった実にすごいけものゝ世の中だ。苦しい見たくも聞きたくもない世の中に投げ込まれたものだ。良心といふものは一点も無い。思えば思う程たまらなくなる。心がたまらん。治子も失敗だったので余慶(ママ)に淋しい。こんな世の中に生活せんとすれば無暗に家にかへりたくなる。同室の者でさへ信用不出来の現在。みじめさ此の上もない。後三週間余も此の状態であればついにやせおとろへ神経衰弱になってつまらぬものになってしまふであらう

     実におそろしい世の中。

       今日は寒い。心も寒い。治療所に行って診て貰う。

       さむい中で作業する。

       色々あれこれと心配がたへぬ。

       こんな隊の小隊()をするなんてなさけない。

         なんたる世の中。

         治子がすりにあったと手紙。畜生

         十日に兄ちゃんと一諸になれるといふことを心より祈る。

         明日は山高の耳ボタンを求めに行かん。

               風呂に行かん。眼前のひらけんことを祈る。

                       真面目に祈る。

     

     

     

    三月八日()晴 起床四時三〇分

     

    暗澹たる今日の生活も終われり。定時耳ボタンを求めに出れど遂に店の所わからず。電車を待てどのれず畑迄歩き漸くのるいやな全生活 あゝ

     

     

    三月九日()曇 起床四時三〇分

     

     朝五時に出て切符を買う。朝冷たく非常に暖かくなり、風強くなり曇。猛烈な風になり雨になり嵐になり大雨になり海が大いに荒れ雨止み遂に来んやしずかな冷雨となる。午後は残業迄書類の整理これも余程つかれる。午前中手を診て貰いに行く。朝の冷たいこと。風呂に行く。明日かへれるのがうれしい。支度も又うれし。然し治子の失敗又かへれぬことを思うと可哀想。山口師範、広高動員解除うらやましいことこの上もなし今夜もしらみがねせぬか。あゝなにもかも。

     

     

    三月十日()晴 起床四時三〇分

     

     今日は本が多いので荷物が大きい。物凄く冷たい。

     治療所に行く。中々なほらん。定時間でかへる。日向は気持よし。

     風冷たし。午後白いものが散らつく。

     定時間で走って出て四時三十三分に間に合ひ順調にいく。六時三十分に間に合う。突然治子が入って来た。全く突然だ。以外(ママ)だった。うれしかった。ひとりかへるのは心苦しかったが。車中手足のしもやけがうづきねられもせん

     向原は雪で真白。治子と二人急ぎに急ぐ。

     あゝ遂に一家全会の機遂に至れり(やっと家族全員が会えた)。これが最後になるかもしれん。うれしさ今にあり。正月也餅の美味さ。話つきず。

     夜は更けても白線帽角帽光をそへる(兄弟姉妹がそろっている)。

     

     

    三月十一日(日)晴

     

     早く目が覚める。白線帽を頭に頂き、夢頂点。あゝ満足の至り。白線帽二人かあゝだ。等さん(又従兄)又駄目とか。外は雪。一家最後の団欒。なごり儘きず。兄ちゃんに切符を買って貰う。色々書きたき事あれど感極まり書くこと不能。

     治子と二人一家のおくりを受けて駅に向う。今日は荷物多し。人多き故向原よりずーっと会うこと出来ず。たしかかへったであらう。いつお召しある身やわからず一刻たりともおろそかに出来ず。

     八時四十分に寮にかへり落着く。あゝ有意義の一日であった。名残つきない一日であった。も少し頑張れ。今夜も安らかにねさせて頂かん。名残儘きない一日であった。

                            汽車十四日 一時アズケ二〇銭

     

     

     

    三月十二日()晴 起床四時三〇分

     

     かへった翌日で今朝のねむい事。

     天気よく青になった。手が段々悪くなり太陽燈をかけて貰う

     

     

    三月十三日()曇 起床四時三〇分

     

     朝は相変わらず冷たい。治療所に行く。よくなる見込立たず。手ははれ作業思うやうに行かん。出席率の計算等で午迄作業に出ず。午後饅頭の配給を行う。

     残業も中で書類の整理を行う。一日中曇っていて夕方雨さへ加わる。明日は雨か。これで青が流れゝばよいが(天気がくずれればよいが)

       暗澹たる世の中たるは今日も昨日も変りなし。

           あゝなさけない。

     

     

    三月十四日(水)雨 起床四時三〇分

     

     朝より冷たい雨だ。春の雨がやって来た。一日中くらくかすんでふる。うれしい雨。手がなほりさうもない。太陽燈かける。今日より三時間だ。けれども雨で定時かへるときは丁度雨降らず。久しぶりに校長の話をきゝ教頭教練の先生にあふ事が出来た。とこで本を読んでいたら何時の間にかねた。卒業式は遂に工廠ときまる(動員解除なし)。畜生

     

     

    三月十五日()晴 起床四時三〇分

     

     朝大雨でもあたゝかい春だ。うれしい。今日も定時。今日は手が猛烈に痛む。ひる前よりからりと晴れて春が来た。此の日を何時より待ちわびていたことか。然し現在を思うと心が暗い。この暗澹たる生活も何時迄つゞくか。定時間でかへる。本がよめる。

     

     

    三月十六日()晴天 起床四時三〇分

     

     今日も物凄くつめたく風寒し。手が中々なほらん。

     日向は暖かくてよい気持。今日はじめての三時間残業。三時間目は実にさむくあたってばかりいる。今日は腹具合が非常に悪い。汽車おくれ寮にかへったのが九時。

     人が駅で大怪我をしていた。 

     兄ちゃんより手紙頂く。うれしさ格別なり。

     米の増配切符を貰う。心の勉強せん。

     

     

    三月十七日()晴 起床四時三〇分

     

     夕腹具合悪くて二度便所に起きる。今朝のねむいこと。頭も痛い。よくはれていれど風きつくて非常に冷たい。なさけない位。今日も同じく作業か。手がなほらん。気が悪い。何時なほるのか。硫黄島の一部全員戦死:内地空襲ものすごし。一体どうなるのだ。心の中がかなはん。

     日中は春だが午後風が出る。蓄音機針をかふ。シャツ、傘、ズボン下の配給をする。今日は(残業が)二時間。全く久しぶりに風呂に行き垢を落す。暗澹たる世の中。何時迄此こで生活すればよいのだ。思うだに心身共にやせる。同室のものでさへかくの如し。

     又十九日より面白くない日が来るのか。畜生のあつまりか。

     

     

    三月十八日()晴 起床四時三〇分

     

     定時間後防空壕掘り。伸びた米をとるのはおじゃん。

     もちをやきに行く。大東和と。

     

     

    三月十九日()晴 起床四時三〇分

     

     今日は(警戒)当直。朝礼中、高角砲が空に黒く裂けたと見ると十数機の編隊が山の上を矢の如く。それでも猶朝礼続行その矢は廻ってこちらめがけて、それ退避。矢よりも早く小倉・廣方面へ急降下。火をはく火をはくあゝ何とも言えん。編隊はみだれ、空は黒、紫 桃色と全く絵の如き煙。

     現実にかへり退避 すごい暴風と暴音と あらゆる音にふせて必死必死。

    頭上を悠々とセン廻した奴を此の目で見た。口惜しい。漸くの思いで壕へ。

    七時より十時過ぎ迄四回も来る。外では兵隊の奮戦が応戦常によってしのばれる。壕内に暴風が入るといった始末。口惜しい。治子は無事か。弾片焼夷弾等多くひろわれた。 

    学徒室にも穴があいた。潜水艦かやり(かたむき)巡洋艦大損害。建物目茶苦茶くやしきかぎり

    永久に忘れることの出来んくやしさ。

    かへりは歩いてずーっとかへる。阿賀駅にも投弾。

    今夜もくるか。消燈のためもうかけん。

    朝より灰ヶ峰が焼ける。夜目にも凄い。えんともえる。

    すごい全くの戦場を経験す。

    注:アメリカ空軍の来襲が続いていたが、この日の空襲は、伸二、治子兄妹のいる呉・広工廠をねらったものであった。

     

     

    三月二十日()

     

    定時間と思えど残業。一日中雨。かへれると思って荷物をあずけたけれど明日は出(勤)。荷物を持ってとぼかへる。朝退避した巡洋艦が痛々しい姿で入って来た。

     

     

    三月二十一日()曇後雨

     

    今日は割合暖かい。曇っていても配給物の整理をやる。服の下が当ってうれしい。兄ちゃんへのはなむけだ(兄の修は、京都大学医学部への進学が決まっていた)。今日は祭日で定時間。

    耳ボタンを買いに行き春雨けむる呉の峠を電車をすてゝ歩くうれしい一時。 

          

    雨煙り梅咲く峠を一人行く

          故郷の梅咲いたと見ゆる峠越し。

     

    己は天下の高校生だ。胸をはり雨けむる峠を歩いて来た。

     梅咲きおどろくなかれ桜の蕾又大なり。春だ。

          

    何もかもよろこび眺め峠越ゆ。

     

     家より手紙あり。二十四日はかへれるぞ。

     手が大分なほった。

     

     

    三月二十二日()

     

     朝おきて出るとむっとする位むしあつい。遂に雨になった。  

     定時間が二時間になった。残業は話あり。

     雨にぬれて暗い夜道を走ってかへる。五日目の風呂だが行かん。 

     雨の夜が一番よい。落着が出る。早くねる。

     硫黄島玉砕

     

     

    三月二十三日()

     

     今朝漸く切符を買う。物凄くよく仕事をする。日あたりがよい日で全く春気分。二時間残業。別になし。

     

     

    三月二十四日()晴 起床四時三〇分

     

     荷物ヲ預ケル。今日ハヨイ天気。市工ノ生徒ノ退廠式アリ。己モカヘリタイ

     定時ニ米ヲ取リ汽車順調六時二十分ニノル。家留狩デ日暮レル。

     窓外春ニオドロク。モリアガル緑の麥 ヨモギ叢花咲クエンドウ。己ガ一度去年受験旅行中窓外ニミタ春ト同ジ。然ソレ以上希望ニモエタ春ガ戦中ナガラ力強ク芽生エテイタ

     トクニ春ノ夕方モノノアワレ更ナリ。

     月夜ヲ家ニ急グアタタカイ家アリ。餅待ッテアリ

     兄チャンノ肥エタ顔。ヤスラカナ春ノイロリアリ。

     アタタカクモ炬燵ニネルコトノ出来タリ。治子ノカヘラザル残念至極ナリ。

     

     

    三月二十五日(日)晴 起床七・〇〇

     

     四時半に目の覚む 又深くねむり又安らかに 白線帽一日中頭にありこの儘彼の地に行きたきなり 心安らかな極なり 入営延期届の手続もしたり 切符兄ちゃんに御足労願えり白線帽の生活も後数日ならんと 生活の短きこと惜しみてあまりあり。

     春はよろここびと同時に又一段と一段と彼の地に送るものなり。

      短かかりし高校生活であったらう二日六帝大授業開始とか 山校より尊い兄ちゃんの結晶たる万人の得たくて得難き卒業証書来たれり お父さんの満足一家の満足此の上なし 日は暖かいし上長田のささやかな家ながら戦時下ながら我が家に春来たり一日四面山の話つきず駅迄最後の高校生姿の兄ちゃんと歩くうれしさ 心のはずむなり 春だ己の春だ

     汽車順調 花本先生と会い話つきず月夜に小倉着

     何かしら心のときめきを感じ生活の果に希望がわく やるぞ

     

    注:徴兵年齢の一年切り下げで、四月に一九才になる著者も徴兵検査を受けたが、理工系進学者に許された入営延期の手続を父がとってくれ、安堵した様子がうかがえる。

     

     

    三月二十六日(月)晴 起床四・三〇

     

     朝夕はつめたきも春也 日のうららか也

     いい加減の者多くて実に不愉快千万 心が知れん

     なさけない世の中うかついた世の中 戦の苦しいのも無理はない残業は防空壕掘り 全く伸びる

     何とした暗澹たる世の中であらう パン配給あり

     家より持ち来れるむすび極美たり

          一日を充実させよ

          昨日もかへった家があることを感謝せよ

     

     

    三月二十七日(火)晴 起床四・三〇

     

     物凄く面白くない 何故ならいい加減のもの多き故 あたたかし

     夜十一時五分舎外の壕へ約一時間退避 敵にけがされるにしてはあまりにも美しい春の月夜その儘もぐり込む

     

     

    三月二十八日(水)晴 起床四・三〇

     

     夕が応えて今朝のねむさ体がふら暖かい 夕見た月今夜も西山にあり春のあけぼのとは紫式部でもないが空気を大きくすふ

     敵遂に本土たる沖縄に上陸す それに午前中B29来襲高角砲の凄い残幕にびっくり退避する有様それに卒業期前の皆の気分の弛緩大なるため心が痛 この戦局下に号令をかける気になれん 歩くならさっさと歩くといった自分の気持にはあまりにも今致せず心痛める 仕事せんといってもきりがないもう馬鹿だ正気ではないのだなさけない

     春の日を一杯に受け午後二河公園に行軍 錤定日なる故に

     二河公園で遊ギ体操をしてあそぶ 山火事あり もうあつい位で歩くにも汗が出る。久しぶりで裸で陽の下に無心にあそぶ。櫻は蕾ふくらむ。ねがわくば此の時節を期して高校に白帽をかぶり大道を謳歌したいけれど戦時下故電車でかへる。窓より吹き込む風が肌に心地よい。本をよみみかんを食う。体だるし。警戒警報あり。間もなく解除。明日は卒業式(工廠内で)。色々感慨あれど筆動かず。

     

     

    三月二十九日(木)晴 起床四・三〇

     

     四時半起床。出勤時空襲。爆音聞こゆ。廠内で退避。空襲の連続。朝礼後、講堂に出発。県下中等学校集合。戸田先生に会い、近況報告す。喜んで頂く。九時式開始。一中より順に卒業証書授与。代表として又受く。六年の時の感激がこの講堂にわいて来る。   

    六年目の卒業か。あゝ万感あれど胸につかへ書けず。

    しかも最優秀卒業のえいをえたとは。飛び入りの自分であるのに。式中けいかい警報無事終了。

    作業かかれの時、中隊長より叱責を受け不覚涙にくれる。ニ十才をこえた自分にむざ涙の出る筈がない。何の為夏以来努力して来たか。あゝ考えない方がよろしい。

    卒業式といふに残業は防空壕掘り。くたびれむ。

    九州上陸近きとか。よくねてかんがへろ。

    お父さんお母さん有難うございました。愈卒業させて貰い高校生としての資格をもらひました。合掌。

     

     

    三月三十日()晴 起床四・三〇

     

     今日はむしろ暑くて頭がふらになり、汗がどん出る。町に待った春は来れど矢う張り己には春でなかった。次から次と不愉快極る事重なって来れり。

     兎に角、兵隊迄一度山校の地をふみたい。

     家の人々手紙を待っていられるであらう。二日にはかへります。それ迄待って下さい。兄ちゃんの近況如何。治子動員解除にならんか。木の芽は出んとすれど、体だるく心の春の来しを思う。暗澹の世の中あゝ二日の早くこんことを。

     

     

    三月三十一日()晴 起床四・三〇

     

     今日もあつくてさぼった。慰談会あれど中止でかへる。

     面白くない。

     

     

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    プロフィール

    micky.w(編者)

    Author:micky.w(編者)
     このブログの主人公は、ノブ少年(編者の亡き父)。お餅、おいも、柿、木上りが好きな、やんちゃな草食系・日本男子です。高校入試に失敗、呉海軍工廠に約1年間、浪人の身で動員された(給与は出る)時の体験を、お話ししたいと思います。詳しくは、カテゴリー↓の「はじめまして」や「目次」をクリックしてくださいね。

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